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短編小説 「コーラの上澄み」
トクゥトクゥという音と共に、私たちは生まれた。透明なガラスのコップに、黒くきらめく液体が注がれる瞬間にだけ、シュワシュワと姿を現す。名前はバブル。私は数ある泡のひとつで、ほんのひとときだけコーラの表面を飾る存在だ。
グラスの底から上昇してきた炭酸の力が、私を押し上げてくれる。まるで舞台に立つアイドルみたいに、ポンとトップへ送り出されると、そこにはキラキラと光を反射する世界が広がっている。昼下がりの窓辺から差し込む柔らかな陽射しが、淡くガラスの縁を照らす。泡たちが無数に小さな輝きを宿して踊っている。音もなく弾けるその景色が、ほんの一瞬とはいえ息をのむほど美しい。
「やあ、また会ったね」
隣の泡が小さくささやく。私と同じように、前回の注がれたコーラから生まれてすぐ消えたはずなのに、またこの世界に戻ってこられる。毎回同じ泡かどうかはわからないけれど、そんなこと気にしても仕方ない。私たちがここにいるのは、コーラが注がれたわずかな時間だけ。今はその愛おしい瞬間を思いきり楽しもうと思う。
ぐるりと視線を巡らせる。グラスの外にはテーブルの上に置かれた白いマグカップや黄色いクロス、そして遠くには人間の手が見える。ガラス越しに見える人間は食事をしながら、コーラを一口飲もうとしているのか、まだ飲まずに眺めているのか。私たち泡にとっては、どちらでも大差ない。いずれ、すぐに消える運命だから。
コーラがグラスの縁いっぱいまで注がれると、細かい泡の波が幾重にも重なり合い、まるでメレンゲのようにも見える。ビールみたいに長くは持たないけれど、それでも今この一瞬は、私たちの小さなパーティーみたいだ。黒い色の海の上に、プツプツとつながり合った泡が浮かんで、可愛らしい光景を作りだしている。
じわり、と沈んでいく感覚。ああ、もう終わりが近いのかな。人間が口をつける前に、この表面から姿を消すかもしれない。私たちの一生はほんの数秒から数十秒。思えばあっという間だ。けれど、寂しいわけでもない。だってコーラが注がれるたびに、私たちは何度でも生まれ直す。それが私たち泡の宿命だ。
「あれ?少し長く持ちこたえてる気がする」
隣の泡がそう言って笑う。ガラスの向こうで、人間がなにやら話し込んでいるのか、まだ口をつけないでいるらしい。おかげで、私たちはもう少しだけこの世界を楽しめる。昼下がりの光がグラスに反射し、ほんのり暖かい。ガラスの下、コーラの黒色の中には、無数の泡の家族がまだ生まれ続けている。
でも、その呑気な時間もすぐに終わりが来る。氷がコロリと移動し、ゴクリと音を立てて人間がコーラを飲み始めた。ストローが液面をかき回す。波紋が立ち、泡たちはくるくると引きずり込まれ、数え切れないほどの仲間が瞬時に姿を消していく。
「バイバイ」
小さくつぶやき、私もその波にさらわれる。氷が涼やかに鳴る音とともに、コップの表面が大きく揺さぶられ、私の体は泡の形を保てなくなった。パチン、と小さな破裂の音がして、私はスッと溶けていく。
頭が真っ白になり、それから何もかもが消えるような感覚。どんなに可愛らしく揺らめいても、どんなに柔らかく光を受けても、私たち泡は長くは生きられない。それでも、コーラが注がれるたびに、新しい泡が生まれ出る。次の瞬間にはまた違う自分が、同じようにここに浮かぶだろう。それが私たちの運命なら、寂しくてもどうしようもない。
でも、最後の一瞬、私はちゃんと幸せだった。きらきらした日差し、ひんやりとした氷、甘いコーラの香り。ほんのわずかの間でも、世界に彩りを与えることができたのならそれでいい。まるで花火のように、パッと咲いてすぐに散る。それが、コーラの泡の行く末。
そしていつか、また誰かがコーラを注ぐ。氷が鳴る音と共に、ふわりふわりと浮かんでくる泡たち。きっとその中に、また私がいるかもしれない。そのときは同じようにふわっと膨らんで、ほんの数秒だけ空を映しながら消えていくんだ。
それでも、ほんの一瞬がこんなにもきらきらしてるなら、じゅうぶんだよね。私はそう思いながら、泡の欠片が一瞬のうちに溶けてなくなることを受け入れるのだ。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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テヘペロ。