短編小説 「私はサンタクロース」
周りを見渡せば果てしなく広がる雪原と、遠くに見える雪山。遠くにはシロクマが流氷に寝そべっている。
氷河の上にぽつんと立つ小さな小屋、そこには私、サンタクロースが暮らしている。黒かった口髭はいつのまにか雪のように真っ白に変わり、腹も大きく飛び出している。静寂が支配するこの地で、私は長年子供たちにプレゼントを届けてきた。
「今日も雪か」
外は雪が舞い、視界が白く染まりはじめている。赤い上下の服を身にまとい、帽子をかぶって、厚手のブーツを履き、扉を開けると冷たい風が頬を刺した。
「ヴィクセン、準備はいいかい?」
小屋の横に設けた厩舎から、トナカイのヴィクセンが顔を出した。立派な角と澄んだ瞳が可愛らしい。彼の首には金色の鈴がついた首輪が輝いている。
「おう、サンタ。いつでも行けるぜ」
ヴィクセンは鼻を鳴らしながらソリの前に立つ。私はソリに乗り込み、手綱を握った。
「じゃあ、出発しようか」
ヴィクセンが力強く地面を蹴り、ソリが滑り出す。雪原を駆け抜け、北極に住む子供たちの家々を巡る。深夜に屋根に上り、煙突から忍び込み、枕元の大きな靴下に子供たちが欲しがっていたプレゼントをそっと忍ばせる。毎年の恒例行事。しかし、最近は訪れる家が減ってきた。
今年のクリスマス、私は最後の家を訪れた。最後のプレゼントを届け終わると私は深いため息をついた。
「ヴィクセン、あれが最後のプレゼントだよ」
「そうか、寂しくなるな」
ソリに戻りながら、心の中にぽっかりと穴が開いたような感覚があった。北極にはもう子供がいない。私の役目は終わってしまったのだろうか。いずれ、頭だけでなく髭まで抜け落ちて、単なるおいぼれジジイになってしまうのか……。もしそうなったら、私は一体何者なんだ。ああ、ただ死を待つだけのおいぼれか。
小屋に戻り、暖炉の前でココアをすすりながら、ヴィクセンに話しかけた。
「ヴィクセン、私は用済みらしい。北極に子供がいない。みんな極地から都会に行ってしまった」ヴィクセンは首を傾げ、鼻を鳴らした。
「おいおい、泣き言かよ。おいぼれはつらいな。仕事がないなら、オイラを自由にしてくれないか」
いっそのこと誰か斧で私の首を掻っ切ってほしい。ああだが、私は死ぬことができるのだろうか。生まれも知らない、親もいないこの私を憐れんでくれる者はいるのだろうか。
「ヴィクセン、君を縛るのは良くない」
立ち上がり、ヴィクセンの首に手を伸ばした。鈴のついた首輪を外すと、ヴィクセンは地面をかいて鼻を大きく鳴らし走りだした。
「ありがとよ、サンタ」
ヴィクセンはニヤリと笑い、一瞬で空へと駆け出した。
「おい、どこへ行くんだい!」
急いで後を追った。深い雪のせいで足が取られて思うように進めない。ヴィクセンは遠くで振り返り、軽やかに宙を舞っている。
「おまえさん、空を飛べたのか!」
足を止め立ち尽くす私に、ヴィクセンは得意げに言った。
「そりゃオイラはトナカイだからな!」
彼は空中で大きく円を描きながら、楽しそうに飛び回る。その姿を見ているうちに、私の中に新たな火が灯った。私はサンタクロースだ。プレゼントを届けるのだ。
「待ってくれ、ヴィクセン!私も一緒に連れて行ってくれないか」ヴィクセンは一瞬動きを止め、こちらを見下ろした。
「いいぜ、サンタ。だが、仕事がないのはごめんだからたくさん働いてもらうぜ」
彼が地上に降り立ち、私は彼の背中によじ登った。再びヴィクセンが跳ね上がると、風が強く吹き付け、周囲の景色が小さくなっていく。
「すごいな、こんな景色初めてだ」
星が手に届きそうなほど近く、月明かりが雪原を照らしている。ヴィクセンの背中から見る世界は、今までとは全く違っていた。
「ヴィクセン、私は空飛ぶサンタクロースだ。世界に行こう。プレゼントを世界中の子供達に届けるのだ」私は白い髭をたくわえた真っ赤なサンタクロースだ。相棒はトナカイのヴィクセン。私は終わらないぞ。
「いいぜ!落ち込むあんたをもう見たくはねぇ。オイラはトナカイだ。サンタクロースあんたの運命はオイラが決めた。これは呪いでもあり祝福なんだ」
ヴィクセンは勢いよく空を駆け抜け、私たちは北極を離れた。下には広大な海や山々、そして煌めく街の灯りが見える。
「ヴィクセン、この世界には一体どれほど子供がいるんだろうか。いや答えなくて構わない。私はサンタクロースだ」届けたい。いくらでも何度でも私はプレゼントを届けたい。
そして、最初に訪れたのは、小さな村だった。静かな夜、家々の屋根を渡り歩き、そっとプレゼントを置いていく。子供たちの喜ぶ顔を想像すると、いやもう私は想像などしない。
「これが私の新しい役目なんだ」
ヴィクセンは鼻を鳴らした。ヴィクセン、君は最高のトナカイだ。
「まだまだ行くぞ、サンタ!」
一晩中飛び続け、世界中の子供たちのもとへとプレゼントを届けた。朝日が昇る頃、私たちは再び北極の小屋に戻ってきた。
「疲れたけど、充実した夜だった」暖炉の火を眺めながら、ココアをすすった。
「サンタ、これからも一緒に行こうぜ」ヴィクセンが窓から微笑む。
「もちろんだとも、友よ」
こうして私は、忘れられたサンタクロースから、新たに世界中の子供たちに喜びを届けるサンタクロースになったのだ。
窓の外には、再び雪が舞いはじめていた。でも、もう孤独ではない。
今年も来年も私はサンタクロース。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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