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短編小説 「ちっと寂しくて」
コタツの電源を入れたまま、私はぼんやりとテレビを眺めていた。深夜番組の芸人たちが無理やりなゲームで盛り上がっているのを見ても、心はまったく弾まない。暖房の効いた部屋にこもるほこりっぽい熱気が、私の体をじんわりと包んでいるけれど、気分は冷えたままだ。
しばらくスマホをいじりながら、ああ、また散財しようかなちょっとお高いコートとか買ってみようか。ネット通販なら、自宅にいながら欲しいものがすぐ手に入る。でも部屋を見渡すと、昨年の夏から冬にかけて「寂しさ紛らわしに買った物」で埋まりかけている。クローゼットは新しい服でパンパンで、着もしない靴が下駄箱に並んでいる。結局、買ったときだけ気分が上がって、その後はほこりをかぶるだけのパターンを、私はもう何度も繰り返してきた。
そんなクソな自分を振り返ると、なんだか虚しい。物が増えても、心の隙間は埋まらないみたいだ。ずっとそれを理解しているのに、寂しくなるとどうしても手軽な楽しみに走ってしまう。押し入れの段ボール箱も、まだ開けてない小物やら雑貨やらでいっぱいいだし、いいかげん部屋が狭くなる一方。
なん度も通販サイトを開いて、セール情報を眺める。可愛いワンピースとか、春に備えてパンプスとか、どうせ近所に出かけるだけなのに無駄な買い物を計画している自分がいる。閉じては開き、開いては閉じを繰り返しながら、指が止まる。もうちょっと違う方法で寂しさを忘れたい。そう思ってしまった。指先がSNSのアプリを立ち上げた。
「そうだ、ちょっと男を呼んじゃおう」
心の中でつぶやくと同時に、私の胸に小さな罪悪感と期待が入り混じる。クローゼットが膨れ上がるより、寂しさを男に埋めてもらうのもありかも……なんて考えが浮かぶ。頭では「ダメダメ、そんなの余計よくない」と声がしてる。でも身体のどこかが熱を帯びる。どうせこんな時間、普通の男を呼んだら迷惑だろうし、まともに相手もしてくれない。もし呼ぶなら……私が今すぐ思い浮かぶのは、あのダメ男の名前。
昔、飲み会の席で知り合った男。とにかくお金にだらしなくて、いつも小遣いくれと言ってくる。生活に困ってるんだとか、スマホ代払えないんだとか、くだらない理由を並べては私から金をせびる。わかってる、それがろくでもない関係だって。でも寂しい気持ちの時、軽く連絡すると飛んできてくれて、ほんの一晩だけ私を女として扱ってくれる。甘い言葉をささやくわけじゃないけど、そばにいてくれる温もりと、つかの間の身体の交わりは、快感にさせてくれるんだ。「どうせ捨てられたように一人なんだから、こういう関係もありなのかな」と、私が自分を納得させようとしている。
スマホの連絡先を眺める。彼のニックネームは「ダメ男」と登録してある。すごくわかりやすいけど、それでも消すことができずにいる。大学時代の友人は皆、彼から距離を置くよう私に言うけれど、言われるほど私は冷たい女になれないのかもしれない。
思い切って通話ボタンを押した。コール音が何度か鳴って、彼が出た。声が少し寝起きのようだったけれど、「おう、どうした?」とぶっきらぼうに言う。私は「来てよ」と短く告げる。すると彼は「してくれるの?」とストレートに尋ねてくる。背中がぞくりとするような嫌悪感が湧くけれど、それでも「する」と答えてしまう。
切った後、玄関の鏡で自分の顔をチェックする。化粧も落としてたし、髪もぐしゃぐしゃだ。けれど、ほんの少し口紅を塗って、前髪を整えるだけでいいか、と軽く整える。どうせ深夜に来て、酒を飲んで、ベッドに入る。翌朝にはいなくなるのがいつものパターン。これが恋愛とは言えない関係だけど、私にはこれで十分なのかもしれない。「ああ、なんかもう自分でも情けないな」と苦笑するが、気持ちが止まらない。
チャイムが鳴り、ドアを開けると、彼はいつも通りボサボサの髪でニヒルな笑みを浮かべている。「酒買ってきた?」と私が聞くと、コンビニのビニール袋を見せて「ビールとなんかカップ麺買ってきた」と返す。部屋に上がるなり「ある?」と言うから、私は財布から何枚か取り出して手渡す。彼はあからさまに額を確認してポケットに入れた。その様子を見ても、驚きや憤りすら感じない自分が怖い。でも、何も言わない。ああ、寂しいなと心の奥で思う。
ビールを少し飲み、グダグダと会話というか意味のない雑談をしていると、彼は近づいてきて「寝るか」と笑う。私は言葉を飲み込み、うなずく。温もりといえば温もり。もし誰か他の人が見たら「最低だ」と思うかもしれないけれど、この瞬間だけは、隣に男がいるって安心感がある。空っぽだとわかっていても、寂しさを埋めるには十分なのかもしれない。
ベッドに身を投げ出すように倒れ込む。小さなテレビだけが暗い部屋を照らし、彼は私の隣に体を埋めるように転がり込んでくる。ささやかに抱かれているうち、私の心はほんの少しだけ安らぐ。これを依存と言わずして、なんというのだろう。私はそっと瞳を閉じて、舌の奥に苦い味が残るのを感じながら、朝が来る前には彼はいなくなると知りつつも、このひとときだけは身を委ねる。
こうしてまた私はダメ男を呼んで、寂しさを埋めるのだ。金を渡して、体を重ねて、翌朝には空っぽが戻ってくる。それでもいいのか、と思いながら、それでも私は一人の夜を過ごすよりはマシだと思ってしまう。
ちっと寂しくて、頼るべき人もいなくて、結局この選択をとってしまう自分を誤魔化しながら、いつしか目を閉じ、意識を手放すのだった。
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テヘペロ。