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短編小説 「西陽と縁台」


夕方の西陽が強く縁台を照らしている。私は縁台に腰を下ろし、汗がにじむ額を手の甲でぬぐった。6月の初め、まだ夏の真っ只中ではないものの、今年の暑さは例年よりも早くやってきたように感じる。西の空はオレンジ色に染まり、太陽がゆっくりと沈んでいく。

「また今年も夏が来たな…」とつぶやくと、隣の縁台に座る祖父がにこりと笑った。彼は毎年この時期になると、庭の手入れをしながら縁台で過ごすのが日課だった。祖父の顔に刻まれたシワは、長い人生の証。私はその顔を見て、少しの安心感を覚えた。

「暑いけど、これもまた夏の醍醐味さ」と祖父は言い、冷えた麦茶を一口飲んだ。私は縁台の足元に置かれた氷入りのグラスを手に取り、口に運んだ。氷が溶けて少し水っぽくなった麦茶が喉を潤す。

西陽が沈み始めると、庭に咲く紫陽花が夕日に照らされて美しい陰影を作り出した。庭の片隅では、カエルの声が聞こえてくる。私たちの周りには、まるで時間がゆっくりと流れているかのような静かな空間が広がっていた。

「昔、この縁台で父さんと夕涼みをしたものだ」と祖父が懐かしそうに語り始めた。「その頃は、こんなに暑くなかった気がするな。涼しい風が吹いてくると、父さんがよく絵本を読んでくれたんだ」

私はその話を聞きながら、祖父の思い出に寄り添うように目を閉じた。風が少しずつ涼しくなり、日が完全に沈むと、庭は静かな闇に包まれた。夜の訪れとともに、涼しい風が吹き始める。

「おじいちゃん、涼しくなってきたね」と私は言った。祖父は微笑みながら、「そうだな、これが夏の夜の醍醐味だ」と答えた。

縁台の上で、私は祖父と共に過ぎ去る夏の一日を感じていた。西陽の暑さも、日が沈んでからの涼しさも、全てがこの瞬間の一部だった。時間が過ぎるごとに、夏は少しずつ遠ざかっていくが、この瞬間は永遠に心に刻まれるだろう。

庭の紫陽花が暗闇の中で静かに揺れ、カエルの声が夜の静けさを彩る。私はその静寂の中で、祖父と一緒に夏の終わりを感じていた。過ぎていく夏の風景は、私たちの心に深く染み渡っていく。涼しい風が吹き抜ける縁台で、私は夏の終わりを静かに見守っていた。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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