短編小説 「隣の国の王女さま」
ぼくの名前はオウジ。名前だけ聞くと、王子様みたいだけれど、実際は普通の『隣の国の王子』にすぎない。ぼくらの国は大国でもなんでもなく、隣国ともそれほど目立った戦いもなく、わりと穏やかに日々を過ごしている。そんな退屈というか平和な暮らしの中で、唯一の刺激があるとすれば、近々『隣の国の王女様』と初めて会う約束があることだ。
朝、城の窓から外を眺めると、低い丘が幾重にも連なって遠くまで続いている。陽が昇りはじめると、その丘の稜線がやわらかいオレンジ色に染まって、朝もやがゆっくりと晴れていく。時折、風に乗って市場から香辛料の香りが混じった空気が運ばれてきて、思わず鼻をくすぐられる。そんな景色に気を取られながら、ぼくは「隣の国の王女様はどんな方だろう」と想像を膨らませるのが、最近の習慣になっている。
まだ会ったことがないけれど、ぼくらの国と隣の国がこれから同盟を深めるために、若い王子と王女が一度顔を合わせるという話が決まり、ぼくにもいよいよ『お見合い』めいたイベントがやってきたのだ。王女様といえば、きっと優雅で品があり、金色の髪をたなびかせて、好きな食べ物は甘いマシュマロか何かだろうか——なんて勝手に妄想してしまう。薔薇が好きだとか、バイオリンが上手だとか、そんな優しいお姫様像がぼくの頭に浮かんでは消えていく。
最近、王子様から手紙が届きはじめた。といっても、毎日ではなくて月に数回程度。でも彼女の筆跡がほどよく丸みを帯びていて、字の並びも隙間がゆったりしているせいか、ぼくは「きっと優しい人なんだろう」と思い込んでいる。言葉遣いも可憐に映って、王女様としての高貴さや繊細さを感じさせるから、読んでいると自然に笑みがこぼれてしまう。まるで彼女の声を耳元で聞くようで、ぼくはいつしか頭の中で、顔立ちや笑い方、そして好きな食べ物は間違いなくマシュマロである、とどんどん妄想をふくらませるのだ。
ぼくの想像は日を追うごとに盛り上がり、時には夢の中に出てくるほどになった。夢の中の王女様は薔薇の香りを身にまとい、笑うとサラサラの髪がきらきら輝く。彼女が微笑むたびに、ぼくの心臓がドキドキする——そんな夢を見ながら目覚めると、朝焼けの光が城の石壁を淡く染めていて、現実との区別がつかなくなる。
そうしてついに、ぼくと王女様が会う約束の日がやってきた。城の門をくぐる馬車の音が響き、廊下には使用人たちが忙しそうに走り回っている。ぼくは胸の鼓動を抑えられないまま、正装の襟を窮屈そうに引っ張って式場(といっても簡単な会見の間)に向かった。そこには赤いじゅうたんが敷かれ、両脇の大きな窓から陽光が差し込む。奥には玉座のような椅子が置かれ、近くには母上が控えている。もうすぐ王女様がここに入ってくるという想像だけで、ぼくは背筋をピンと伸ばす。
扉が開いて、侍女らしい女性が先に入ってくる。その後ろ、きらびやかなドレスをまとい、艶やかな金髪がたしかに輝く王女様が姿を現した。顔立ちはぼくが想像したとおり美しく、唇も柔らかそうで、何より目元に高貴な雰囲気が宿っている。「この人だ!」と胸を打たれた。そっと近づき、「初めまして、オウジと申します。お会いできて光栄です」と頭を下げる。すると王女様は軽くうなずいて、小さな笑みを返してくれた。その仕草は確かにぼくの妄想した通りで、青空を仰いだときのように心が弾んだ。
しかし、席について少し会話を重ねていくと、何やら様子が違うことに気づいた。王女様は最初こそ柔らかな声で話していたが、そのうち笑い声が大きくなったり、大きな身振り手振りでかなり大胆なエピソードを語ったりし始める。言葉遣いもいつの間にか荒っぽくなり、まるで戦場の騎士が冒険譚を語るようだ。さらに、冗談でセクシャルな話まで積極的に振ってきたりして、顔が熱くなる。
「ねえ、オウジってどんな女性が好み? あっ、やっぱりマシュマロみたいにふわふわしてて可愛い子が好きなんでしょ? ふふ、そういうのはまあ悪くないけどね」と、男勝りの口調でニヤリと笑う王女様。
セクシャルな話題にも遠慮なく切り込んでくるその姿勢に、ぼくはどうしたらいいのかさっぱりだ。ちょっとしたセクシャル話なら笑って受け流せるはずが、王女様は驚くほど積極的で、あっという間にぼくの熱は冷めて凍えてしまいそう。まわりの侍女は苦笑し、護衛たちも目をそらしている。
「ねえ、オウジは一日何回するの?私は暇さえあればしてる。最近は鏡で自分の姿を見ながらやってるの。ふふ。めちゃ濡れよ。慣れると自分の体液って最高よ」
「コツはね恥ずかしがらずに大声だすこと。めっちゃイクことができるの。ふふ。男の人も同じかしら」
「大丈夫?」
まさか、こんな性格だったとは……。ぼくの頭の中で、これまで膨らんでいた妄想がパチンと弾ける音が聞こえるようだった。結婚だとか、優しく可憐な王女様との幸せな生活だとか思い描いていた自分がバカみたいに思える。彼女の言葉は下町の男よりも荒く、しかも「そういう行為」についての話を茶化すようにするから、ぼくは耐えきれずに吐き気を覚えるほどだった。想像とは正反対に、彼女は男まさりで、近くにいるだけで圧が強すぎる。
結局、短い面会を終えて王女様が去ったあと、ぼくは会見の間の片隅で膝をついてしまう。「なんてことだ」と呟きながら、初めての恋かもしれないと思っていた気持ちがガラガラと崩れる音を感じた。これほど想像と現実のギャップがあるとは……。
そして数日後、ぼくは一切女性に近づこうとしなくなった。母上が「あなたが王女様と共に国を盛り上げて……」なんて言っても、ぼくはうつむき、喋る気になれない。あの王女様の男勝りで性欲旺盛な言葉を思い出すと、体が震えそうになる。ああ、見ず知らずの相手を妄想して、高い理想を抱いたばかりにこの有り様。彼女の美しい髪や可憐なドレスはただの飾りで、その内面は一筋縄ではいかない人だったのだ。
「隣の国の王女さま」との初対面は、ぼくにとってまるでトラウマみたいに刻み込まれてしまった。ぼくはしばらく誰とも会わず、城の図書室の奥で暮らすように本を読み漁る。
隣の国の王女さまのことを忘れたいのに、頭にはあの刺激的な笑い声とセクシャル発言がこびりついて離れない。理想が壊れる音はこんなにも耳障りなのかと、ぼくは苦い思いをかみしめている。
時間を割いてくれてありがとうございました。
もしよかったら、コメント&スキ、フォローお願いします。
テヘペロ。