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短編小説 「目の上のたんこぶ」


ぼくは目の上のたんこぶ。ちょうど目とおでこの境目のあたりに、ボコッと盛り上がるようにして生まれた、たんこぶだ。人間の顔には、「まゆげ」「まつげ」「目」「鼻」「口」などいろいろなパーツがあるけれど、ぼくはいわゆる『ふつうのパーツ』じゃない。

ある日突然、何かの拍子にぶつかったり、刺激があったりして、ぷっくり盛り上がってきただけの存在。かつてはこの場所になかったはずなのに、いつのまにかここにいる。ほかのパーツたちにとっては「何だこいつ?」という厄介者、邪魔者扱いが当たり前。

朝になって顔が光を浴びると、ぼくはまるで舞台照明を浴びているみたいな気分になる。だけど、この『舞台』となる顔のパーツたちが、ぼくを見てささやいているのを感じるんだ。「なんでコイツ、まだいるの?」「邪魔くさいわ」「早く消えてほしい」そんな冷たい声が、まゆげのあたりから、まつげのすき間から、ひそひそと聞こえてくる。きっと目玉くんやおでこさんや眉毛さんが、ぼくを睨んでいるんだろう。

「このたんこぶさえなければ、もっと視界がスッキリするのに」と目玉くんが文句を言い、「顔の形が崩れて見栄えが悪いんじゃない?」とおでこさんがあざ笑うように言っている。

「ぼくが好きでできたわけじゃないんだよ」と心の中でつぶやく。実際、ぼくを生み出したのは、たぶんどこかに頭をぶつけた拍子なのか、人間が掻きむしったのか、それとも何かのアレルギー反応だったのか……はっきりした理由はわからない。ただ、ひとつ確かなのは、ぼくは自ら望んでここに生まれたわけじゃない。

それでも、こうして存在しはじめてしまったからには、当分ここにいるしかない。人間の体って不思議なもので、こういう小さな膨らみを作り出しては、自然に吸収していくみたいだ。でも、その自然吸収に何日かかるのかもわからない。ときには数日で引っ込むかもしれないし、ときにはしばらく目の上に居座ることになるのかもしれない。

日中は、外の光がまぶしく照りつける中、ぼくはこの人間の目とおでこの境で揺れ動いている。風が吹くと、髪の毛がばさりと目のあたりにかぶさってきて、ぼくを軽くこすったりする。

すると「痛っ」という声が聞こえる。どうやら人間は、ぼくに触れると痛みを感じるらしく、ますます邪魔に思っているらしい。「ああ、たんこぶが早く治ればいいのに」とため息まじりでつぶやくのが聞こえてくると、ぼくは申し訳ないような、でもどうにもできないような気持ちになる。

夕方には、学校帰りなのか、子どもたちが笑い合う声が遠くで聞こえる。人間は鏡を見ながら、「こんなところに変なのがあるから、子どもたちに見られたら笑われるんじゃないかな」と不安そうだ。ぼくは声に出せないまま、「ごめんね、でも仕方ないんだよ」と思う。

すると、その夜。人間は鏡の前で突然、ペンを取り出してぼくに近づける。何をするんだろうと恐る恐る見つめていると、なぜかぼくに小さな顔を描きはじめた。ニッコリした表情に丸い目、ほんの少しの眉毛。

翌日、子どもたちが人間の顔を見て「わあ、目の上に顔がある!」と大爆笑し始める。その笑い声を聞いて、人間が苦笑するのがわかった。まさか自分の目の上に落書きするなんて、相当な覚悟がいるだろうに。恥ずかしい気持ちをうまくギャグに変えてくれた。

ぼくはその瞬間、ちょっとだけありがたく思った。たとえ滑稽でも、こうして少しは役に立っているかもしれない。邪魔者扱いされるだけだったけれど、少なくとも子どもたちが笑ってくれてる。なんだか誇らしい気持ち。

日が経つにつれ、ぼくの膨らみはだんだんと引いてきた。最初の頃は熱をもって赤く腫れていたけど、今は色も落ち着き、徐々に小さくなっているのが自分でもわかる。あの嫌みったらしい目玉くんや眉毛さんも、最近はぼくにあまり文句を言わなくなったらしい。

興味を失ったのか、もうすぐ消えるだろうと思っているのか。それでも時折、目玉くんがため息混じりに「そろそろお前、いなくなるんだろ?」と心の声を漏らすのを感じる。ぼくは「ああ、そうだね」と返事をしようとするが、やっぱり声にならない。気まずさとほのかな寂しさが入り交じる。

ある朝目覚めると、ぼくはほとんど平らになっていた。もう「たんこぶ」とは呼べないくらい、小さな膨らみしか残っていない。人間が鏡を見て「ほとんど目立たなくなった!」と喜ぶ声が聞こえる。

内心「おめでとう」と思いつつ、同時に「ぼくの役目はもう終わりか」と感じる。あの滑稽な顔を描いて笑われたのも、まゆげやまつげにいじめられたのも、今となってはちょっとした思い出に変わりつつある。




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