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短編小説 「売れ残った明太子おにぎり」


夜、仕事を終えて、いつものようにコンビニに立ち寄る。帰り道の途中にある小さなコンビニ。

別に特別な店ではないけれど、僕にとっては毎日通うことで日常の一部になっている。自動ドアが開くと、少し冷えた空気が僕を迎え入れる。店内にはほとんど客がいない。時間が時間だからか、静かな空気が漂っている。

僕は真っ直ぐにおにぎりコーナーへ向かう。仕事終わりに手軽に食べられるおにぎりは、僕にとって大切な夜食だ。棚を見ると、人気の具材であるツナマヨやシャケのおにぎりは、今日もきれいに売り切れている。少し残念な気持ちが湧き上がるが、目に留まるのはいつも通りの存在。

「今日もいるな……」

そこには、二つだけ売れ残っている明太子おにぎりがある。どうやら明太子のおにぎりは他の具に比べて人気がないらしい。誰もが手に取ることを躊躇するのか、棚の片隅にひっそりと残っている。それが妙に愛おしく思える。誰も気にしない存在かもしれないが、僕にはその売れ残った明太子おにぎりが、何となく安心できる存在だった。

ツナやシャケがないなら仕方がない――そう思いながらも、僕は自然と明太子おにぎりを手に取る。レジで会計を済ませると、袋の中に重みを感じた。いつものことだが、この小さな明太子おにぎりが今夜の夕食になるのだ。

帰り道、歩きながらおにぎりの袋を開け、かぶりつく。ピリッとした明太子の辛味が、じわりと口の中に広がる。確かに、ツナマヨやシャケと比べると少しマニアックかもしれない。だけど、この控えめな辛さが、どこか心地よい。いつも変わらずそこにいて、期待通りの味を提供してくれる。

「やっぱりこれでいいんだよな」

僕はそんなことを思いながら、残りのおにぎりを一口で食べ終えた。

そんな日が続いていたある夜、いつも通りコンビニに寄った僕は、いつもの棚に違和感を感じた。おにぎりコーナーが少し様変わりしている。目を凝らすと、リニューアルのポップが目に入った。「新登場!」と書かれた派手な文字の横には、見慣れた明太子おにぎりが三つ、綺麗に並んでいた。

「リニューアルされたのか……」

普段なら二つしか残っていないのに、今日は三つもある。それでも、僕はその中の一つを手に取る。少し変わったパッケージ、リニューアルといっても、見た目が新しくなっただけかもしれない。けれど、手にしたときの重みは変わらなかった。

レジで会計を済ませ、再び歩きながらおにぎりを開ける。かぶりつくと、相変わらずピリッとした辛味が広がった。何も変わらない。パッケージが変わっても、味はそのままだ。

「やっぱりこれが、僕には合ってるんだよな」

リニューアルされても、変わらずそこにいてくれる明太子おにぎり。それは僕にとって、何か特別な存在であり続けていた。

僕はその夜も、いつも通りのおにぎりを食べ終え、いつも通りの道を歩き続けた。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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