短編小説 「ミノミノ」
坂道というものには、不思議な魅力がある。ミノミノはいつも坂を見ると、心が躍る。彼女はただの普通の女の子だ。だが、ひとたび坂を見つけると、彼女は自分の体が意思とは無関係に動き出すのを感じた。そして、今日もまた、ミノミノはその不思議な衝動に駆られた。
それは夏の午後のことだった。蝉の鳴き声が空気を震わせ、太陽の光が木々の間から漏れ出て、ミノミノの小さな影を長く伸ばしていた。ふと見上げると、彼女の目の前には急な坂道がそびえ立っていた。その坂は、石畳が続き、その先は見えないほど長く、そして急だった。
「まただ……」
ミノミノは小さく呟いた。彼女はこの衝動に抗うことができなかった。心臓が鼓動を速め、体は自然と前に傾いた。彼女の体は小さなボールのように縮こまり、坂道に身を委ねた。
ころころ、ころころ。
最初はゆっくりと、次第に勢いを増し、彼女は坂を転がり始めた。髪が風に舞い、彼女の笑い声が空気を切り裂く。転がるごとに、彼女の体は坂の勾配と重力に引かれて、さらにスピードを上げていった。
「もっと……もっと早く……」
坂道が彼女を誘い、彼女はその誘惑に逆らえなかった。彼女の視界には、ただ前方の坂道が広がり、風が頬を打つ感覚が広がっていった。
しかし、坂の終わりは突然訪れた。ミノミノは気づかぬ間に、平地にたどり着いた。坂を下りきると、彼女の体は自然と止まり、その場に横たわった。
息を整え、目を開けると、そこには広大な平地が広がっていた。太陽がゆっくりと沈みかけ、夕焼けが空を染め上げていた。ミノミノは起き上がろうとしたが、体が動かない。
「えっ……?」
彼女は自分の体を見下ろし、驚愕した。足も腕もなくなり、丸い石のような塊になっていたのだ。心はまだ彼女のままなのに、体は完全に石と化してしまった。
「どうして……どうしてこんなことに……」
ミノミノは心の中で叫んだが、声はもう出せない。平地に転がり続けた結果、彼女はそのまま石に変わってしまったのだ。坂道の魔力は彼女をその姿へと変えてしまった。
それでも、ミノミノは絶望に打ちひしがれることはなかった。彼女は平地から見える景色をじっと見つめていた。坂道を転がる楽しさはもう味わえないが、この場所には、坂道では見ることのできない広がりがあった。
風が優しく彼女の表面を撫で、草花が彼女の周りに育っていく。昼は太陽の光を浴び、夜は星々に見守られる。ミノミノは、平地での静かな日々を受け入れることにした。
そう、彼女はもう動けない。だけど、この場所で静かに過ごす日々も、決して悪くはなかったのだ。
時間を割いてくれてありがとうございました。