短編小説 「11時11分の幸せ」
午前11時11分
お腹の中心から、大きな唸る音が聞こえて、慌ててお腹を押さえた。周りの同僚たちに音を聞かれてないか、一人一人の表情を素早く怪しまれないように観察して、大丈夫なことを確認した。そして、デスクの引き出しから小さな10円玉チョコを手に取った。
あまぁ〜い!おいひぃ〜!口の中でとろける10円玉チョコはほんとぉ〜に美味しくて最高。それでいて、オフィスで激しく踊りたくなってしまうほど。というか、本当は、周りにバレないようにデスクで小さく踊ってる。
ビターな大人のチョコとはかけ離れた、甘くて甘ったるいほどの10円玉チョコ。これが、本当に美味しい。お昼までのつなぎとして食べるなかで10円玉チョコが一番最高。
10円玉チョコとの出会いは、高校生の時に友達のマユミからもらったことから始まる。その時、そのまま制服のポケットに入れたまま授業中に小腹が空いてこっそり食べた。それから、10円玉チョコをお昼前の午前11時11分に食べるのが日課になっていた。
午前11時11分にチョコを食べるのは、その時間になるとお腹からまるで犬の唸り声みたいな音がするようになったから。お腹の音が鳴らないように努力しようなんて考えは一切ない。だって、お腹の音がした時に食べる10円玉チョコは、とても、とても、美味しくて、踊ってしまうほどだから。
あの時、10円玉チョコをくれたマユミには本当に感謝している。マユミは、私を太らせようとチョコをくれたみたいだけど、そんなことは気にしない。だって、10円玉チョコとの出会いのきっかけをくれたんだから。マユミ、あなたのことは忘れないよ。
午前11時12分
ああ、食べ終わっちゃった…。
チョコの袋をデスクの影で握りしめた。いつものように、その小さな空き袋を見つめた。もう一つだけあったらな〜でも、それは甘え。それを許してしまったら、私の一日は崩れてしまう。
明日の午前11時11分まで待つ。でも、午後3時のおやつの時間になると、またお腹が鳴ってくる。それが、私のデスクの引き出しにある10円玉チョコの存在を思い出させる。おやつにも食べたいなぁ、誘惑が頭をよぎるけれど、必死にその思いを振り払う。
だって、午前11時11分にしか食べない。それがルール。
このルールがあるからこそ、10円玉チョコは特別なものになる。特別な時間に特別なものを食べる。それが、私の小さな幸せ。
でも、この幸せは、マユミには伝えられない。だって、彼女はチョコをくれることで、私を太らせようとした人。それに、彼女はこのチョコの魅力を理解していない。彼女には、10円玉チョコはただのお菓子だ。でも、私にとっては、それが幸せの象徴だから。
そして、その幸せの源、10円玉チョコがなくなったときのために、引き出しの奥には、常に新しい一袋が隠してある。
明日の午前11時11分に向けて、新しいチョコレートが待っている。そして、その時間が来たら、また踊る。小さく、誰にも気付かれないように。
それが私のルール。それが、私の小さな幸せ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。