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短編小説 「恋の出口」


赤いネイルが光る指先で、りんごの皮をむく。薄く、途切れないように慎重に。まるで私の心を映し出すかのように、滑らかに剥かれていく赤い皮。それを見つめながら、今日が最後の日だと胸の奥でそっとつぶやいた。

「ユミ、またりんご持ってきたの?」と友人のアサミが笑いかけてくる。

「うん、好きだからね」

本当は彼が好きだから。彼、タクヤはりんごが大好物だ。初めて話しかけたとき、りんごの話で盛り上がった。それから私たちは付き合い始めた。でも、もう終わりにしなければならない。

タクヤは優しい。でも、私には彼を受け止めきれない部分がある。彼の未来を考えると、私がそばにいることで足かせになるかもしれない。そんな不安が日に日に大きくなっていく。

放課後、校舎裏の桜の木の下でタクヤを待つ。風が吹くたびに、花びらが舞い散る。その美しさに目を奪われながらも、心は重く沈んでいた。

「待たせた?」

タクヤが現れる。彼の笑顔を見ると、胸が締め付けられる。どうしてこんなに優しいのだろう。どうしてこんなに好きになってしまったのだろう。

「ううん、今来たところ」

私は笑顔を作る。でも、目が潤んでしまいそうで、必死にこらえる。

「これ、りんご持ってきたよ。一緒に食べよう」

バッグから取り出したりんごを彼に差し出す。タクヤは嬉しそうに受け取って、ポケットからナイフを取り出す。

「今日は僕が剥くよ」

彼の手元を見つめる。りんごの赤い皮がくるくると剥かれていく。その様子がまるで時間を巻き戻しているように感じられた。初めて一緒にりんごを食べた日のことを思い出す。

「ユミ、何か悩んでる?」

不意に彼が問いかけてきた。ドキリと心臓が跳ねる。

「そんなことないよ。どうして?」

「なんだか元気がないように見えるからさ。僕でよければ相談に乗るよ」

その優しさが辛い。私は目を伏せて、小さく息を吐く。

「タクヤ、私たち、別れよう」

一瞬、彼の手が止まる。剥きかけのりんごが手の中で揺れている。

 「どうして?」

その声には戸惑いが混じっていた。私は彼の目を見つめる。真っ直ぐな瞳に映る自分が、ひどく小さく見えた。

「あなたには、もっとふさわしい人がいると思うの。私はあなたの未来を邪魔したくない」

「そんなことない。僕はユミと一緒にいたいんだ」

彼の言葉が胸に刺さる。でも、ここで揺らいではいけない。

 「ごめんね。でも、これは私の気持ちなの」

タクヤはしばらく黙ったまま、りんごを見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「分かった。ユミがそう言うなら、仕方ないね。でも、僕は待ってるから。いつかまた一緒にりんごを食べられる日が来ると信じてる」

その言葉に、私は涙を堪えることができなかった。彼のプライドを傷つけないように、彼の未来を思って別れを選んだのに、結局自分が傷ついている。

「ありがとう、タクヤ。さようなら」

赤いネイルが涙で滲んで見える。彼に背を向けて歩き出す。足元に落ちている桜の花びらが、まるで私の心のように散らばっている。

別れることに全力を注いだ。彼のために、彼の未来のために。でも、本当は自分の弱さから逃げただけかもしれない。出口のない迷路をさまようように、私の心はまだ彼を求めている。

空を見上げると、夕陽が赤く染まっていた。りんごのような赤い太陽。私は手を伸ばすけれど、届かない。

「これでよかったんだよね……」

誰にともなくつぶやく。その声は風に消されて、どこにも届かない。

これが私の選んだ出口。だけど、その先に待つのは新しい始まりなのか、それとも終わりなのか。答えはまだ見えない。




時間を割いてくれてありがとうございました。

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