短編小説 「勝利の先」
イチバンは、名前の通りなんでも一番になることを使命として生まれた妖精だった。
彼は小さな羽をバタバタと動かし、森の中や人間の世界を駆け巡り、どんなことでも誰よりも早く、誰よりも美しく、誰よりも正確にこなしてしまう。その輝く姿と成果に、他の妖精たちはいつも感嘆し、イチバンを讃えていた。
「イチバン、君はやっぱりすごいね!」と、花の妖精が言えば、イチバンは満足げに胸を張る。「まあね、僕は一番になるために生まれてきたんだから」
ある日、森の奥に住む長老妖精がイチバンを呼び寄せた。「イチバン、君はこれまで何でも一番になってきたが、それがどれほどの意味を持つのか考えたことはあるかい?」
イチバンは少し戸惑ったが、すぐに笑顔で答えた。「もちろんさ、長老。僕が一番になることで、みんなが僕を尊敬し、誇りに思ってくれる。それが僕の役割だ」
長老は穏やかな目でイチバンを見つめ、ゆっくりと首を振った。「確かに、君は素晴らしい成果を上げてきた。だが、勝利の先に何があるのかを一度考えてみると良い」
イチバンはその言葉に少し引っかかりを感じたが、それでも勝利することに対する信念は揺るがなかった。「わかりました、長老。でも、僕は一番であることをやめられません」
それからもイチバンは、絵を描くこと、かけっこ、そして食事の早食い競争でも、必ず一番を取り続けた。どんな小さなことでも競争にし、自分が一番でなければ気が済まなかった。誰かが「僕の絵も見て」と言えば、イチバンはすぐに「でも僕の方がもっと上手いよ」と返し、みんなの注意を自分に向けさせた。
しかし、ある日、森で行われた大きな絵描き大会で、イチバンは初めて一番になれなかった。とても素晴らしい絵を描いた妖精がいて、彼の絵は森の仲間たちの心を打ち、見事に一番に選ばれたのだ。
イチバンは愕然とした。これまで一番になることしか知らなかった彼にとって、それは初めての敗北だった。その夜、イチバンは勝利できなかった自分を責め続け、眠れぬ夜を過ごした。
翌朝、イチバンは鏡に映る自分の姿を見つめた。そこには、疲れ果て、目にクマを作った妖精が立っていた。勝利のために全てを犠牲にしてきた結果、自分自身が消耗し、ただプレッシャーと不安に押しつぶされそうになっていることに気づいた。
「一番になることが、こんなにも辛いものだったなんて……」
イチバンは初めて心の底から弱音を吐いた。今まで他の妖精たちが「楽しむためにやるんだよ」と言っていた言葉が、ようやく理解できた気がした。勝つこと、負けること、それ自体に意味はなく、楽しさや喜びを見つけることが、本当の価値だと気づいたのだ。
それからイチバンは、自分自身のために絵を描いたり、走ったり、食事を楽しんだりするようになった。負けることが怖くなくなり、一番になることだけが目的でなくなった。彼は心の底から楽しむことを覚え、やがて仲間たちとも笑顔で接することができるようになった。
勝利の先には、また勝利を目指さなければならない自分がいた。それは大きなプレッシャーだったが、イチバンはようやくその重荷を下ろし、心から「今」を楽しむことができるようになったのだった。
時間を割いてくれてありがとうございました。