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短編小説 「私の赤い傘」


赤い傘を買ったのは、駅前の雑貨店でのことだった。店先に並ぶ色とりどりの傘の中で、一際鮮やかな赤が目に留まった。手に取ってみると、軽くて持ちやすい。取っ手の部分には小さなリボンの飾りがついていて、可愛らしかった。

 「これ、ください!」

気づけばレジでそう言っていた。普段は雨が嫌い。傘にも特にこだわりはなかったのに。この赤い傘は私の心を惹きつけた。きっと、私が女の子だから。きっと、そう。

家に帰る途中、早くこの傘を差して歩きたいと思った。でも、空は雲ひとつない青空。天気予報を確認しても、しばらく晴れの日が続くらしい。

 「雨、降らないかなあ」

そんなことを思いながら、部屋の片隅に新しい傘を立てかけた。翌朝、窓を開けると今日も快晴。太陽の光がまぶしくて、思わず目を細めた。

通勤途中、いつもは晴れていることに感謝するのに、今日は少し残念な気持ちになる。駅のホームで電車を待ちながら、スマホで天気予報をチェックした。

 「明日は雨の予報か」

期待に胸が高鳴る。明日は新しい傘を持って行こう。

翌朝、目覚ましの音で起きると、カーテンの隙間から薄曇りの空が見えた。急いで支度をし、赤い傘を手に家を出る。しかし、駅に着く頃には雲が切れ、太陽が顔を出していた。

 「また晴れちゃった」

体に傘をくっつけて会社に向かう。赤いからすぐに気づかれる。でも、同僚に「その傘、可愛いね」と言われた。その場でパッと見てと言わんばかりに傘を開いた。

それから数日間、天気予報はことごとく外れた。雨の予報の日に限って晴れる。普段なら喜ぶところだけど、今は逆。

 「早く雨が降ってほしいなあ」

そんなことを願う自分に、頭をポンと叩く。雨が嫌いだったはずなのに、新しい傘を使いたい気持ちがそれを上回っている。

傘を買ってから十日目の朝、窓の外から激しい雨音が聞こえてきた。カーテンを開けると、灰色の空から大粒の雨が降り注いでいる。

 「やっと雨だ!」

急いで赤い傘を手に取る。玄関を出ると、冷たい雨が頬に当たった。傘を開くと、パッと鮮やかな赤が広がり、周囲の景色が少し明るくなった。その気がした。

しかし、外に出て数分もしないうちに、足元から水が染みてきた。道路は川のようになっていて、靴の中までびしょ濡れだ。風も強く、傘が風にあおられて持ちづらい。雨粒が横殴りに顔に当たり、視界がぼやける。

 「こんなはずじゃ……」

全身ずぶ濡れになりながら、駅へと急ぐ。せっかくの新しい傘も、土砂降りの前では無力だった。

電車に乗り込み、濡れた髪をタオルで拭く。車窓から外を見ると、相変わらずの大雨。赤い傘はしっかりと役目を果たしてくれたけれど、自分の期待が大きすぎたのかもしれない。

会社に着く頃には、雨は小降りになっていた。エレベーターで同僚に会い、「すごい雨だったね」と声をかけられる。

 「本当だね。でも、この傘をやっと使えたから良かったかな」

 そう答えると、同僚は「その赤い傘、すごく似合ってるよ」と微笑んだ。

 「ありがとう」

濡れた服は少し重いけれど、心はなんだか軽くなった気がした。

雨の日も悪くない。そう思えるようになったのは、この新しい傘のおかげ。




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