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短編小説 「ひとりの夜」


トノは、いつも自信満々で殿様気分を満喫している妖精だった。小さな体に似合わない豪華な羽根飾りをつけ、金色の刺繍が施された赤いマントを翻しながら、彼は家来たちに囲まれて日々を過ごしていた。家来たちは、トノが望むものをすぐに用意し、どんな些細な要求にも従順に応じていた。トノはそのすべてを当然のように受け入れ、気ままに命じては満足気に頷いていた。

ある日、トノはふとした思いつきで、今夜は護衛以外の家来たちをすべて遠ざけることにした。彼らが何も言わずに退室すると、部屋は急に静寂に包まれた。いつもなら、家来たちが準備した豪華な夕食や、トノの気を紛らわせるための音楽が響いていたのだが、今夜は違う。部屋の隅で揺れるランプの明かりだけが、トノの影をぼんやりと壁に映し出していた。

トノは豪華な寝台に腰を下ろし、ふと窓の外を見つめた。夜空には無数の星が瞬き、風は静かに森を撫でていた。いつもは賑やかな声が飛び交う部屋も、今はただトノひとり。最初は気にもしなかったが、次第にその静けさが彼の心に重くのしかかってきた。

「何か……不思議な感じだな……」トノは自分に言い聞かせるように呟いたが、その声さえも妙に空虚に感じられた。彼は家来たちの存在を求めていないつもりだったが、実際にいなくなってみると、その不在が思いのほか堪えた。

やがて夜も深まると、トノは寝台に横たわり、天井を見上げた。心の中には、いつも隣にいた家来たちの顔が浮かんでくる。彼らの笑顔、忠誠心、そして何よりも、その存在自体がトノにとってどれほどの安心感を与えていたのか、彼は今初めて気づいた。

「家来たちがいるから、俺は殿様でいられるんだ……」トノはぽつりと呟いた。その瞬間、彼は自分が本当に孤独であることを実感した。

翌朝、トノは家来たちを呼び戻した。いつも通りに戻った賑やかな部屋で、彼は家来たちに微笑みかけた。その笑顔は、昨晩までとは少し違う、感謝と安心感に満ちたものだった。トノは、自分がどれだけ彼らに支えられていたのか、そしてその支えがあったからこそ、殿様としての自分を保てていたのだと理解した。

「みんな、これからもよろしく頼むぞ」とトノは言った。その声には、以前とは違う優しさが込められていた。

ひとりの夜を経験したトノは、少しだけ成長した。家来たちとともに過ごすことの喜びと、そこにある安心感を知った彼は、これまで以上に彼らを大切にしようと決意したのだった。

それからというもの、トノは家来たちに対して以前よりも心を砕くようになった。彼の殿様気分は変わらなかったが、その心の中には、家来たちとともに歩んでいくという新たな決意が芽生えていた。




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