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短編小説 「ちょっとお疲れ」

いつのまにか、年が変わっていた。そんなふうにぼんやり思うのが、四日の夕方。三が日も終わり、あのにぎやかな空気が少しずつしぼんでいく感じが肌でわかる。年末年始の休みを一応満喫したはずなのに、どうにも気分が疲れていて、部屋の中でゴロゴロ。テレビでは相変わらずお正月の特番が流れている。

窓の外を見やると、薄い日差しが斜めに差し込んで、向かいのアパートの壁を淡くオレンジ色に染めている。コンビニで買った鏡餅も食べきれず、部屋の隅に置いたままだ。食べなくちゃ。

床に座り込んでぼんやりしているうちに、スマートフォンの通知音が鳴った。見ると、会社の同僚のグループメッセージ。「あけおめ!」そんなやり取りにみんながスタンプを押している。「まだあと二日、休みあるんだけど」と心の中でつぶやく。それでも気が抜けきっていて、いまいちやる気が湧かないのだ。

お腹は空いているような、空いていないような。正月の間、親戚の家でたらふくおせちやお雑煮を食べ、友だちとは初詣や初売りに行ったりして、非日常を満喫したけれど、そのぶん体が妙に重い。普段ならここまでダラダラしないのに、もう少し動かなきゃと思いながら、つい横になってスマホをいじったりテレビをながら見を繰り返している。

ふと、「そうだ、お酒でも飲もう」と思いついた。休みの日くらいは甘いお酒をちびちび飲むのも悪くない。冷蔵庫を開けると、そこにはコンビニで買っておいた「ほろ酔いカシスオレンジ」の缶がぽつんと立っている。ちょうどいい。取り出してプルタブを指で押し上げる。カシュッという軽い音とともに、ほんのり甘い香りが立ち上る。

グラスに注ぐ手間すら面倒で、缶のままゆっくり口をつける。カシスの甘さが一気に広がり、微炭酸のしゅわしゅわした感触が舌をくすぐった。一口飲むと、「ああ、これだ。休日の夕方のゆるさ」と思わず口元がほころぶ。テーブルの上には、どこかで買ったスナック菓子の袋が開きっぱなしで、少し湿気ているのもご愛敬。つまんでみるとポリポリっとした食感が微妙に残っていて、まあ食べられないことはない。

テレビでは正月特番がまだ続いていて、芸能人が大笑いしながら企画のゲームをしている。華やかな笑い声が部屋に響き、私はその一角でひとり酒を飲んでいる。このギャップがまた、なんともいえない安堵感と気だるさをかもし出す。実家に帰るだの、大掃除がどうだの、友だちとの集まりだの、やっぱり人付き合いが続くとどこかで疲れを感じる。ひとりになると「さみしい」と思うくせに、ずっと人と一緒だとこうやって「疲れたな」と思うものだ。

そう考えながら、缶をもうひと口傾ける。カシスオレンジの甘さが、まるでラムネ菓子みたいに舌の上で溶ける感覚。度数が低いから、ふわりと頬が温かくなる程度で頭はまだぼんやり大丈夫そうだ。

外ではいつの間にか夜の気配が濃くなってきたらしい。窓の向こうに広がる街のマンションが白色の光を灯し、道路にはヘッドライトの列がにじんでいる。みんなはもう正月気分を切り替えて、「明日から仕事だ」というモードに入ってるのかな。私もそろそろ切り替えないといけない、とわかってはいる。けれど、なかなかスイッチが入らない。

薄暗い部屋でテレビの光だけが揺れているのもなんだか寂しくて、壁のスイッチをおした。蛍光灯の白い光が一気に部屋全体を照らし、散らかったスナック菓子や雑誌、使ったままのコップなどが目に飛び込んでくる。大掃除で綺麗にしたはずなのに、あっという間にこんな状態かと。ま、いいか。あと二日休みがあるし、そのうち片付けてもいいだろう。そうつぶやきながらクッションを抱え込む。

残り少なくなったほろ酔いカシスオレンジをちびちびすすっていると、心地よい眠気の波が小さく寄せては引いていく。スマホの画面をぼんやり眺めるけれど、大した通知はない。友だちは「初売りですごい戦利品ゲットしたよ!」とかSNSにアップしている。そこにいいねを押すこともなく、スクロールしてはため息をついた。

ふと、テーブルの向こうにあるゴミ箱の隅に「ストロングゼロダブルレモン」が目に入った。友だちが遊びに来たときに飲み切れずに置いていったやつだ。「これ、度数高いし、飲みきれないかも」と思っていたけど、今ならちょうどいい加減の酔いで気持ちを上げるか、あるいは一気に深い眠りにつけるか、手を伸ばして缶を取る。

 「どうしよう。もうちょっと飲むかな」

そうプルタブを軽く引っ張る。カシスの甘さとは違う酸っぱいレモンの香りが、ぷわっと広がって鼻をくすぐる。強いけど、今夜は特別だ。明日も休みだし、年末年始にだらけすぎた分の疲れを、これで吹き飛ばそうかなという妙な誘惑に勝てない。仕事が始まったらこんなふうにのんびり酒を飲む時間も減るだろうし。

流し込むとほどよい炭酸のシュワシュワとレモンの酸味が口に広がる。さっきの甘いお酒とはまるで違うキリッとした味わい。「ああ、こっちの方が大人っぽい感じだな」度数が高い分、体が熱くなりそうだ。

新年早々、酒を飲みながら部屋でだらけている自分が、ちょっと恥ずかしくもある。でもいいんだ。新年の最初の一週間くらいは甘えてもいいじゃないか。仕事が始まれば、嫌でもシャキッとしなきゃならないんだから。

外を見ると、夜が深くなりきったようで、外の明かりが夜空にぼやけて広がっている。「ああ、正月休みももう終わるんだな」という切なさがじわりと広がる。だけど、今は少しお酒でほろ酔い気分。泣きそうな寂しさにはならず、「もうちょっと休みたいな」と子どもみたいにごねる自分を、笑いながら赦せてしまう。

テレビを消し、部屋の電気をうっすら薄暗くした。缶を手に、クッションを抱いてソファに沈み込む。この瞬間だけは、自分だけの密やかな時間。外では冷たい風が吹いているけれど、部屋の中は適度に暖かく、酸味のあるアルコールがじんわり体を温めてくれる。じっとするほど、胸の奥から湧き上がる、何とも言えない疲労感と開放感が交じり合って、ため息と笑いが混ざったような声が漏れた。

 「さて、飲みきる前に寝ちゃうかもな」

そんな独り言をつぶやきながら、缶を軽く揺らした。まだ残っている液体のゆらめきが音にならないけれど、その揺れを感じているだけで、なんとなく心地いい。疲れを、今この瞬間、アルコールとともにゆっくり溶かしてしまえたらいいな。

「明日は部屋を片付けたり、少し散歩に出かけたりしよう」と思ったけれど、それはあくまで「明日」の話。今日はまだ「お疲れ休暇」の延長戦。ストロングゼロの缶を、もう一口分だけ味わってから、きっと布団に潜り込んでしまうだろう。

こうして私は、ほろ酔いの中でやり過ごす。やりすぎなければ、これはこれでいい年の始まりの過ごし方かもしれない。そんな甘えを自分に許しながら、ぼんやりと目を閉じた。




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