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短編小説 「かごめかごめ」



冷え切った空気が頬を刺す中、僕は公園のベンチに腰を下ろしていた。薄茶色に変色した木製のベンチは、冬の冷気を存分に吸い込んでいるらしく、座った瞬間にじんわりと冷たさが伝わる。

ポケットに手を突っ込み、曇り空をぼんやりと見上げた。灰色の雲が一面に広がり、空気の重さをそのまま映し出しているようだった。今にも雪か、もしくは冷たい雨が降り出しそうな気配だ。

そうだ、家に干したままのタオルを忘れてた。けれど、立ち上がる気力は湧かない。冷えた尻と曇天を前に、家に戻るべきか、このままぼんやりと過ごすべきか、迷いが心の中で渦を巻く。

ふと耳に飛び込んできたのは、小さな子供たちの楽しそうな歌声だった。

「か〜ごめ、か〜ごめ、かごの中の鳥は、い〜つい〜つ出やる……」

公園の隅の広場では、小学生たちが手をつなぎながら輪になって回っている。歌声は冬の冷たい空気に溶け込み、どこか懐かしい響きを帯びていた。僕も子供の頃、よく友達と遊んだ記憶がよみがえってくる。あの頃は、寒さなんて気にせず夢中になって遊び回っていたものだ。

その瞬間、世界が真っ暗になった。

視界が閉ざされ、心臓が驚きに大きく跳ねる。鼻をくすぐるのは柔軟剤のほのかな香り。どこか心が安らぐような甘い匂いだ。そして、耳元で響いたのは、優しい女性の声。

「後ろの正面だぁ〜れだ?」

静寂の中に溶け込むその声に、緊張と期待が交錯する。誰なのかはすぐにわかったけれど、どう答えるべきか一瞬迷った。鼓動が高鳴る中、意を決して名前を口にする。

「ミサトさん?」

瞬間、視界がぱっと開けた。目の前には、やっぱり彼女がいた。いつもの優しい笑顔と、少しだけおどけた表情。

「せいか〜い!」

彼女は子供のように笑いながら僕の隣に腰を下ろした。

「待った?」
「待ったよ。尻が冷え切ってる」

冗談まじりに答えると、ミサトさんはくすくす笑いながら僕の腕に自分の腕を絡めた。そのぬくもりが、凍えた体をじんわりと温めてくれる。

「子供たちの歌、懐かしいね。『かごめかごめ』なんて久しぶりに聞いた」彼女が視線を向けた先では、まだ子供たちが楽しそうに回っている。

「僕も昔、よく遊んだよ」

会話が自然と弾み、子供の頃の記憶が少しずつ蘇る。彼女は首を傾げながら、どこか考え込むように言った。

「でも、あの歌の意味って、ちょっと不気味じゃない?鶴と亀が滑るとか、後ろの正面とか、何か怖い感じがするよね」

「確かに。そう言われると不気味かも」

そんな話をしている間に、いつの間にか曇り空が少しだけ明るくなっていた。灰色だった雲の隙間から、微かに光が射し込む。まるで、僕たちの会話が空を押し広げているかのようだ。

「ねえ、また一緒にかごめかごめ、やろうか?」とミサトさんが笑顔で提案してきた。

「いいね。でも、次はもう少し暖かい時がいいな」と僕が笑いながら返すと、二人で心から笑い合った。

子供の頃のような純粋な喜びが、今この瞬間に甦った気がした。曇り空の下でも、確かに温かい時間が流れている。




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