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短編小説 「嫌な客良い客」
昼下がりのコンビニは、いつものように穏やかな静けさに包まれていた。店内にはポップミュージックが流れ、コーヒーマシンの香りがほのかに漂っている。私はレジカウンターの後ろで、商品の整理をしながらお客様を待っていた。
ガラス越しに見える通りを眺めていると、一人の男性が入ってきた。四十代くらいのグレーのスーツ姿で、細い黒縁の眼鏡をかけている。彼はスマートフォンを片手に、無表情でレジの列に並んだ。他のお客様が会計を終えると、彼の番がやってきた。
「いらっしゃいませ」
声をかけると、彼はアゴを上げてこちらを見下ろすように視線を送ってきた。ブラックコーヒーとミントタブレットをカウンターに置いた。無言のままだ。バーコードを読み取り、金額を伝えると、彼は舌打ちをしながら小銭を小銭トレーに投げ入れた。ピッタリの金額だった。
「ありがとうございました」
そう言ってレシートを渡そうとしたが、彼はそれを無視して店を出て行った。
(なにを偉そうに。小銭数えているじゃないか)心の中でため息をつく。ありゃ詐欺師だな。
次のお客様がいないことを確認し、カウンターを拭きながら気持ちを切り替えようとした。
すると、自動ドアが開き、ピンクのエルメスのカバンを持った女性が入ってきた。三十代くらいで、派手な化粧と高いヒールが目を引く。彼女はまっすぐにレジに向かってきた。
「いらっしゃいませ」
私が挨拶すると、彼女は鋭い目つきで「32」とだけ言った。レジ横のミントタブレットも一緒にカウンターに置いた
「はい」
タバコを取り出し、商品と一緒に金額を伝える。彼女も舌打ちをしながら千円札を投げるように出した。お釣りを渡すと、「とろい貧乏人」と小さく吐き捨てて店を出て行った。
(おぉ、自ら買いに来るとは家政婦思いの金持ちだこと)
心の中で呟きつつ、またため息が出る。こうも立て続けに嫌な客が来ると、レジを殴ってやりたくなる。まぁ、そんなことしたらバイト代が飛んでしまうな。
しばらくの間、お客様も来ず、店内は静寂に包まれた。商品の陳列を整えながら、窓の外を見る。青空が広がり、日が傾きはじめている。通りを行き交う人々はみな忙しそうだ。
「早く終わらないかな……」
時計を見ると、夕方の交代時間まであと少し。もうひと頑張りだ。
その時、突然店内が賑やかになった。仕事帰りのサラリーマンや学生たちが一斉に入ってきて、レジに列ができた。
「いらっしゃいませ!」
気持ちを引き締めて、次々とお客様の対応をする。お弁当を温めたり、ポイントカードを処理したり、忙しさに追われる。
列の最後に立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ背の高い男性だった。がっしりとした体格で、顔に深い傷があった。彼はブラックコーヒーとミントタブレットをカウンターに置いた。よく売れるなぁ。
「いらっしゃいませ」
スキャンし、金額を伝える。すると彼は一万円札を静かに置きながら、低い声で言った。
「バイト増やすか、セルフレジ入れろ。そう店長に言っとけ」
お釣りを渡そうと手を差し出すが、彼は受け取らずに店を出て行った。手の中に大量のお釣りが残った。あぁネコババしたい。
そして、交代の時間を迎えた。
「お疲れさま」
次のシフトの同僚に声をかけ、今日の出来事を簡単に伝える。
「いろんなお客様がいるね。でも、それもこの仕事の醍醐味かも」
外に出ると、夕焼けが街をオレンジ色に染めていた。深呼吸をして、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。
「明日も頑張ろう」
そう自分に言い聞かせながら、家路についた。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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