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短編小説 「ほんわか」
朝の光が、ぽかぽかと森の木々を優しく照らしていた。小さな小道を、ふわふわとしたまあるい何かが転がるように移動している。名前はフワワ。まあるく、やわらかく、どこを触ってもふんわりとした感触の生きもの。フワワは短い手足をちょこちょこと動かし、鼻歌のような小さな声で「ふーん、ふわーん」と口ずさんでいる。
木の葉が朝露に濡れ、陽射しにキラキラと光る。フワワは立ち止まり、丸い体を揺らしながら、その光を見上げた。すると、小さな蝶がぱたぱたと羽ばたきながらフワワの近くを通り過ぎる。蝶はフワワのふんわりした姿を見て「ふしぎな子ね」と首をかしげている。フワワは気にせず、また「ふーん、ふわーん」と鼻歌を続けた。
森を抜けると、小さな村がぽつりと現れた。木造りの小さな家々がちょこんと並び、煙突からは白い煙がゆるやかに流れ出ている。村の広場には花壇があり、色とりどりの花がそよ風にふわりと揺れていた。フワワは花の匂いをかぐため、鼻先を花びらに近づける。その瞬間、ふわっと花粉が舞い上がり、フワワはくしゃみをしてしまう。「ぷしゅん!」と可愛らしい音が響く。
広場には、パン屋のお姉さんが焼きたてのパンを並べている。香ばしい匂いが空気に溶け込み、フワワはその匂いをいっぱい吸い込んで満足げにほほ笑んだ。ふかふかの白いパンが、なんだか自分と似ている気がして、近づいてみる。
お姉さんはフワワを見ると、にこりと笑って、小さな丸いパンをひとつ渡してくれた。「おはよう、フワワ。これは特別だよ」フワワは嬉しそうに両手でパンを受け止め、そっとかじる。中からふんわりとした生地のやさしい甘さが口いっぱいに広がった。
村の奥へ進むと、小さな池があった。水面は静かで、鏡のように青空を映している。フワワはその縁に座り、足をぱたぱたとさせながら空を見上げる。雲がゆったりと流れ、鳥が輪を描くように飛んでいる。フワワは「ふわーん」と声を出し、ほんわかとした気持ちに浸った。
すると、池のほとりに一本の背の高い木があり、その根元には綿毛でできたような小さな椅子がぽつんと置かれている。フワワは面白がって、その椅子に座ってみた。座ると、体がすっぽりとふかふかの中に包まれ、ほんのり暖かい。風が優しく吹いて、木の上で葉っぱ同士がこっそりと話し合っているようなかすかな音が響く。
しばらくそうしていると、フワワは不思議な感覚に包まれ始めた。体が軽く、ふんわりと浮き上がるような気がする。目を閉じてみると、体中にポカポカとしたやさしい力がめぐっているようだ。
目を開けると、地面から少し浮いていることに気づいた。あまり驚かず、フワワはただ「ふわーん」とつぶやく。指先で空気をすくうように動かしてみると、ゆらりと体が揺れる。まるで無重力の世界にいるみたいだ。
池の水面を見下ろすと、自分の丸い姿が映りこんでいる。ほっぺたがふにゃりとゆるんでいる顔に、自分で自分がおかしくなる。ふと、村の家々を見下ろすと、屋根が小さく見えた。煙突からの煙がまっすぐ空へ伸び、その上には青い空と、さらさら流れる雲。
「ふわー、ふわー」と声に出してみる。すると、体がさらに持ち上がり、足元から小さな風が吹いた。虫たちが驚いて飛び立ち、花の蜜を吸っていた蝶が「あらまあ」といった顔をしてフワワを見上げている。
遠くでパン屋のお姉さんが手を振っている。フワワは笑顔で応える。もう地面には届かないけれど、心配はない。なんだか全部が優しくなった気がする。風が頬をくすぐり、まるで「行こうよ」と誘っているようだった。
「ふわーん」と最後に小さくつぶやいて、フワワは空へとふわりふわりと上昇する。村の人々が小さな人形みたいに見えてくる。木々も家々もどんどん小さくなり、やがて雲に溶け込むように消えていく。
フワワは、ふわふわのまま空の彼方へ旅立った。暑い夏の日の中、ほんわかした笑顔を残して、風にのって、どこまでも行ける気がした。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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テヘペロ。