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短編小説 「バレンタインと思い出の鉄棒」


小学校の校庭に設置されている鉄棒を舐めたことはあるか。

体育の授業で逆上がりをする時に掴むあの鉄棒だ。銀色で鏡面加工されていて自分の顔が歪んで見えるあの棒を小学生の頃よく舐めていた。舐めていた理由を今聞かれればこう答える、「バカだったから」と。それに小学生はなんでも口にするのが普通だろ。好きな人のリコーダーやハーモニカ。それに泥だんご。とまあ、その延長ではないが鉄棒も小学生だったから、バカだったから舐めていた。あの棒の味だがあれは鉄の味だ。鉄棒なのだから当然。その味はラム肉でも味わえる。そして、そんな懐かしい味を思い出すことはないだろうか。

私はある。

2月14日バレンタインの日。毎年とある子から手作りのチョコレートをもらうのだが、そのチョコレートはなんと鉄棒の味がするんだ。どこで私が鉄棒の味が好きだということを知ったかは知らないが、その子は懐かしいあの頃に私が舐めていた鉄棒味のチョコレートをくれたんだ。そのチョコレートを口にした瞬間、バカだったあの頃を走馬灯のように思い出す。

その子にチョコレートの作り方を聞いたことがある。が、「とっておきの秘密のエッセンスが入っているの」とだけしか教えてくれなかった。その秘密のエッセンスがなんなのかどんなにしつこく聞いてもその子は教えてくれることはなかった。

似たような味のチョコレートをデパートで見つけたことがある。しかし、そのチョコレートはバレンタインにもらうチョコレートとは違って鉄棒の味がものすごく薄いのだ。その子のチョコレートはもっとガツンと頭がグラッとくる味がするんだ。そこまで強烈な市販のチョコレートには出会ったことがない。バレンタインにもらうそのチョコレートは、あの子だけが作れる特別なチョコレートなんだ。

私はあの子がくれるチョコレートが大好きだ。

ところで、人にぶん殴られたことはあるか。

私はある。

その日はレンタカーを借りて、友達と私を含めて五人で千葉から長野のスキー場を目指していた。長野に向かっている最中、私が後ろの席でのんびりしている時、異臭に気がついてそのことをみんなに伝えたんだ。そしたら、隣に座っていたとある子に思いっきり右頬をグーで殴られたんだ。そして言われた、「黙って」と。

すかさず、「なんで」と返した。そしたらその子が泣きながら、「お願い」と。殴られた理由をサービスエリアで休憩してる時に別の子が教えてくれた。「急にはじまって、ナプキンを付けてなかった」と。だから、つい恥ずかしくて殴ったと。それでも殴ることはない思ったが仕方がない。口の中が切れて血だらけになったが仕方がない。血の味はまあ嫌いではないからそれは構わないが、口はじんじんとしていて不快だった。

さて、来年もチョコレートをもらえるといいが、しかしそれは叶わないかもしれない。2月14日バレンタインにチョコレートをくれるあの子はどうやら救急車で運ばれたらしいから。



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テヘペロ。

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