短編小説 「好きな理由」
わたしの名前はラブゥー。淡いピンク色をまとった不思議な物質で、みんなが「好き」と思う瞬間にだけ、ふわりと現れる。夜明けの霧みたいなもので、気づかないうちにすうっと包み込み、いつの間にか消えてしまう。きょうは柔らかい日差しが差し込む小さな村で目を覚ました。石畳を照らす光がやさしくて、道端に咲く花のひとつひとつが微笑んでいるみたいだ。
村外れの家から、甘いパンの匂いがただよってくる。そこでは大きなオーブンがメラメラと燃えていて、むちっと膨らんだパンたちが笑顔で待っている。わたしはそのパン職人の想いに引き寄せられた。家主はパンが好きで好きでたまらないらしい。その証拠に、どれだけ生地がうまく膨らまなかったとしても、「今日こそ最高の味だ」とニコニコしながらオーブンに入れるのだ。どうしてそんなに好きなの?とわたしが声をかけても、彼は首を振って笑うだけ。理由が思いつかないのかもしれない。でもいいみたい。理由なんてなくても、好きなものは好きだと。
川辺の草むらを歩けば、青い羽根を持つ鳥がこちらを見つめている。あの鳥は、隣の森にいる赤い鳥が好きらしい。誰に聞いたわけでもないけれど、あのはためき方や小首をかしげる仕草で伝わってくる。でも二羽が出会うことはほとんどない。森と川のあいだに崖があって、飛び越えるにはちょっと遠いから、会える見込みは少ない。
あの青い鳥はどうして赤い鳥が好きになったんだろう、と不思議に思うけれど、またもや理由はわからない。単に鮮やかな色が素敵だから?それとも甘い囀りが耳に残っている?どちらもあるのかもしれないし、どちらでもないのかもしれない。たぶん、答えは見つからない。好きってそんなものだ。
村の広場をふらりと横切ると、誰かがリンゴをかじって「この味が好き!」と表情をほころばせる。子どもたちは人形劇に夢中になり、「ここが大好き」とジャンプしながら笑う。大人は誰かに恋して、胸をときめかせる。そのたびに、わたしラブゥーはふわりとそこに現れて、ほんのりあたたかい気持ちで包んであげる。
でも彼らは「どうして好きなの?」と聞かれると、みんな眉をひそめて考え込み、首をかしげる。理由が言葉にできなくて、でもその気持ちは確かに存在するんだって、戸惑いながらも幸せそうに微笑んだりする。
あ夜、月がやわらかく世界を照らす下で、わたしはふと考えこんだ。好きに理由があるとしたら何だろう?味や見た目?音や香り?それとも性格?いろいろあるように思えるけれど、最後まで突き詰めたら、結局「好きだから好き」としか言いようがない気もする。誰かを愛する理由、何かに惹かれる理由、言葉をこねくり回してもうまく言えない。どんなに言い表しても、本当のところは気持ちの中にぽんっとあるだけで。
でも、理由を言葉にできなくてもいいんだと思う。味わうだけで満足できる幸せもあるし、行動で示すことだってできるはず。たとえばパン職人さんは心をこめて生地をこね続けるし、青い鳥は崖の向こうの赤い鳥を遠くから見つめながら囀る。理由が言えなくても、彼らは行動や表情でその愛を示しているんじゃないかな。言葉よりもずっと誠実に。
わたしもそんな彼らの感情を見守りながら、ふわりと舞う。好きな理由はわからない、だけど確かにここにある——そんな小さな奇跡を抱えて、今日もそっと人々を包み込みたい。わたしができるのは、それを少しだけ後押しすること。誰かが好きだと言ったら「うんうん、それでいいの」と微笑んで、浮かんでは消えていく霧のように寄り添うだけ。でもそれだけでいい。
好きに理由なんていらないから、ただ行動で示せば、それがいちばん素敵なことだと思うんだ。
時間を割いてくれてありがとうございました。
もしよかったら、コメント&スキ、フォローお願いします。
テヘペロ。