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短編小説 「百年タコ」


海の深淵、色とりどりの珊瑚礁が広がる場所に、フアンという名のタコがいた。彼の右足の一本は鋭い剣に変わっており、その足で百年もの間、ねぐらの珊瑚礁とそこに住む仲間たちを守り続けてきた。フアンは明るい性格で、仲間たちとの平和な日々を心から楽しんでいた。

 ある日の朝、穏やかな海底に異変が起こった。大地が激しく揺れ、砂が舞い上がり、視界が一瞬にして遮られた。仲間たちが不安そうに集まってくる。

 「みんな、落ち着いて!僕がいるから大丈夫だ!」

 フアンは剣の足を高く掲げ、仲間たちを勇気づけた。その時、濁った水の中から巨大な影が現れた。赤く輝く巨大なイカだ。その目は冷たく光り、触腕をうねらせながらゆっくりと近づいてくる。

 「この珊瑚礁は俺のものだ。邪魔する者は容赦しない」

 イカの低い声が響き渡る。フアンは勇敢に立ち向かった。

 「この場所は誰のものでもない!みんなの大切な家なんだ!」

 イカは嘲笑を浮かべると、触腕を振り下ろしてきた。フアンは素早くかわし、剣の足で反撃する。しかし、相手の体は硬く、傷一つつけることができない。

 「くっ、なんて強さだ……」

 その間にも、仲間たちは次々とイカに捕らえられ、飲み込まれていく。小さな魚たちが必死に逃げ惑うが、その巨大な体には歯が立たない。

 「みんな!逃げて!」

 フアンは叫ぶが、その声も虚しく、仲間たちは一匹また一匹と姿を消していく。

 「許せない……僕が守らなきゃいけないのに!」

 怒りと悲しみがフアンの中で渦巻く。最後の一匹となった彼は、全ての力を込めてイカに立ち向かった。

 「これが最後の一撃だ!」

 剣の足を高く振り上げ、イカの目を狙って突き刺そうとしたその瞬間、強烈な光が視界を覆った。

 ――目が覚めると、フアンは静かな海底に横たわっていた。体を見ると、剣の足などなく、普通の八本の足がそこにあった。

 「夢……?」

 彼は周りを見渡した。色鮮やかな珊瑚礁と、楽しげに泳ぐ仲間たち。いつもの平和な光景が広がっている。

 「フアン、よく寝てたね」

 声の方を見ると、カサゴのヤンが微笑んでいた。

 「ヤン……僕、ずっと寝てたのか?」

 「そうだよ。珍しくぐっすりだったね。何かいい夢でも見たの?」

 フアンは首をかしげた。何か大切なことを忘れているような気がする。でも、思い出せない。

 「いや、覚えてないけど……なんだか体が軽いんだ」

 「それはよかった。さあ、一緒に遊ぼう!」

 ヤンが誘うと、フアンは笑顔で頷いた。

 「うん、行こう!」

 二人は泳ぎ出し、他の仲間たちも加わってにぎやかな時間が始まった。太陽の光が水面から差し込み、海底を美しく照らしている。

 フアンは心地よい海流に身を任せながら、胸の中に温かな感情が広がるのを感じた。何か大切なものを守りたいという想い。それが何なのかはわからないけれど、その気持ちが彼を満たしていた。

 「今日はいい日になりそうだ」

 フアンはそうつぶやき、仲間たちと共に海の中を楽しんだ。

 遠くでは、小さな赤いイカが岩陰から顔を出していたが、フアンたちの笑い声に安心したように再び隠れた。

 海は今日も穏やかだ。





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