
短編小説 「メンヘラ上等」
ノアね、朝からどきどきしてるよ。起きた瞬間から、もう既に胸のあたりがソワソワして、動悸がはんぱないの。メンヘラだからって今さら言われても、ノアはノアだし、仕方ないんだけどね。布団をはいでリビングに向かう途中でスマホ見たら、彼氏の既読スルーが続いてるのを思い出して、また胸がきゅーっと苦しくなった。
ああ、やっぱりノアがこんなに大好きアピールばかりしてると、彼、ちょっと引いてるのかな。でもそんなの知らない。もっと、好き好きLINEを送っちゃう。覚悟して。メンヘラ上等なんだから。
今日はね、朝ごはん食べる気があんまりしないから、冷蔵庫にあるミルクティーだけすするように飲んで、それから鏡の前に座りこんだ。メイクを施さなくちゃいけない。いつものメイクを。赤いシャドウで泣き腫らしたような目をしこんだら、まぶたにじんわりと霞んだ闇っぽさが加わるの。下まぶたにはちょっとだけアイラインを下げ気味に引いて、まつげは束感が出るようにマスカラを塗りたくる。ふふ、まるで「涙目の子猫」みたいって思ってくれる人はいるかな。彼氏にそう言われたいけど、既読スルーされちゃってるから仕方ないや。
リップは黒っぽいローズカラーにして、唇の端だけ少しオーバーに描いてみる。口角が上がって見えるかな?鏡をのぞき込むと、そのぶん頬に影が落ちたようにも見えるんだけど、ノアとしてはこの絶妙なアンバランスがポイントだと思ってる。
うん、仕方ないよね、メンヘラはこういう雰囲気を全身で表現したいもの。自分の自信は全然ないし、きれいとか可愛いとか、どこかで憧れてるけど、それでも開き直りたいの。だって今のノアが一番ノアらしいから。自分を演出するには、とことん振りきらなきゃ納得できないんだ。さあ、着替えなくちゃ。
黒いゴシックなワンピースを引っ張りだして、くるりと身にまとった。襟元にはレースがついてて、袖もふんわり。ウエストから下は、ひらひらと広がる形で、漆黒の布が足元に揺れる。えへへ、これだけで少しだけ気分が浮上するんだ。髪は黒髪のままゆるふわに巻いて、ツインテールでまとめるのが定番。ゆらりと垂れる髪の先が肩をくすぐって、わずかに切ない感じがするの。こんなにもやる気満々のメイクをして、どこに行こうかなんて考えてないけれど、家でくすぶってたら勿体ないかな。どこか出かけようかな。
だけど、その前に彼氏にLINEしとかなきゃ。朝から既読スルーだし、寂しくてたまらないの。ノアの心臓はいつだって、彼の愛で満たされたいって叫んでるのに、全然返事が来ない。「ねえ、今何してるの?」「ノアのこと嫌いになった?」「大好きって言って」「愛してるって言ってよ」「ノアいなくなっちゃうよ」こんなメッセージを連続で送っちゃうのが、いかにもメンヘラだってわかってる。でもね、仕方ない。だって不安なんだから。もっと「大好きだよ」って言わせたいの。それがないと息苦しくて溺れそうなんだから。
途中で「既読がついた!」と見えて喜んだのも束の間、返信はなし……むう、しゃーないか。じゃあノア、もうちょっと連投する。うざいって思われるかもだけど、仕方がない。メンヘラ上等。そうやって寂しさを消そうとする行為そのものが、ノアの生き方だから。彼が驚くだろうけど、それでも好きなんだよ?この気持ちを抑えるなんて無理だから、やり続けるしかない。自分を責めるよりは、行動して後悔するほうがマシって思っちゃう。
「だいちゅき❤️」「メイク終わた」「かわいくなったよ」「みてる?」「むししないで」「会いにいっちゃうよ」「なまでしていいよ」「くびしめもおけだよ」「いまらもするよ」「左てくびヒリヒリする」
あーあ、こういうの誰も止めてくれないかなあ。友達に相談したら「控えめにしたほうがいいよ」って笑われるだけで、結局わかってくれないんだもの。仕方ないって何度も言ってるのに、わからないならいいよ。自分には自分の生き方があるもん。ふと窓の外を見上げると、曇り空が低く垂れ込めてる。すぐには雨が降りそうにないけど、じっとりした湿気が肌にまとわりつく。メイクが崩れちゃったらまた直さなきゃいけないし、ホント手間がかかる。まあ、それもメンヘラメイクのお約束だよね。
いっそ会いに行っちゃえばいいじゃん……という声が脳内で囁くから、バッグにスマホと財布を放り込んで靴を履いた。彼氏の家はそこそこ遠いけど、仕方がないよ。だってこのまま待ってたら、ノアの心がもっとぐちゃぐちゃになって何も手につかなくなるから。それなら直接行って、泣き顔のまま可愛いメイクのまま、メンヘラ全開でぶつかったほうがいい。きっと彼氏は困った顔をしながらも、ノアを受け止めてくれる……と信じたい。もし冷たい反応なら、その場で切っちゃえばいい。ノアはノアだし、これが自分なんだから。愛してほしいから全力で叫ぶしかないでしょ。
目元にもう一度赤いシャドウを足して、手鏡に映る自分を見て深呼吸。「メンヘラ上等!」胸の奥で、少しだけ不安と期待が入り混じる。でもいいんだ。自分の感情を隠さずに行動するのが、ノアの生き方。
だから、堂々と泣きながらでも笑いながらでも、まずは一歩踏み出す。曇り空の下、黒いゴシックなワンピースが揺れて、「好きって気持ちを伝えにいく」もう止まらない、メンヘラなんだから。さあ、会いに行こう、泣きながらでも堂々と。
時間を割いてくれてありがとうございました。
もしよかったら、コメント&スキ、フォローお願いします。
テヘペロ。
本当はダメですよメンヘラは。