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短編小説 「ショートケーキのイチゴ」



イチゴは、自分の役割に少し不満を抱えていた。ショートケーキの上に乗ること、それが彼の定められた運命だった。しかし、イチゴはただの添え物として見られることに、心の奥底で不満を感じていた。真っ白なクリームの上に赤い輝きを放つ自分自身を、誰もがただの飾りとしか見ていないことが、どうにも納得がいかなかったのだ。

「僕だって、もっと特別な存在になりたい」と、イチゴはある日、ショートケーキの上から飛び降りることを決意した。

その夜、ケーキ屋の棚の中で、イチゴは他のケーキたちの視線を感じながら、ひっそりと隅に隠れていた。クリームやスポンジたちは何も言わず、ただ静かにイチゴの行動を見守っていた。誰もがイチゴが何を考えているのかを知っていたが、誰も口を挟まなかった。

翌朝、店員がケーキの棚を開けた時、イチゴのいないショートケーキが並んでいた。美しいクリームとふわふわのスポンジ、その上には何も乗っていない。何かが足りない、その感覚はケーキを見た瞬間に誰もが感じるものだった。

ケーキを買った母親がそのショートケーキを家に持ち帰り、誕生日を迎えた小さな子どもに渡すと、子どもはケーキを見て、涙を浮かべた。「イチゴがない……」と、ぽつりとつぶやいた瞬間、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。ケーキを前にして、その欠けた部分に対する失望が、子どもの小さな心を深く打ったのだ。

イチゴはその様子を隅からじっと見つめていた。その涙を見た瞬間、彼の心に何かが突き刺さった。確かに、彼はもっと特別な存在になりたかった。だが、自分がどれほどショートケーキにとって大切な存在だったのか、そして、そのケーキを通して誰かに幸せを届けていたのか、今の瞬間まで気づいていなかった。

「やっぱり、僕の居場所はここなんだ……」イチゴは静かに決意した。

その夜、誰にも気づかれないように、イチゴは自分の元の場所にそっと戻った。クリームの上に再び乗り、静かに座った。その翌日、再び同じケーキが売りに出され、今度はイチゴがちゃんと乗っていた。ケーキを見た子どもは、今度こそ満面の笑みを浮かべ、ケーキを手に取った。

その瞬間、イチゴは満足感で胸がいっぱいになった。ショートケーキの上で輝くこと、それこそが彼の役割であり、何よりも大切な仕事だったのだ。彼は再び自分の場所で輝きながら、これからも多くの人々に笑顔を届けることを誓った。

それ以来、イチゴは二度と自分の役割に疑問を持つことはなかった。彼はショートケーキの頂上で、自信に満ちた笑顔でいつも輝き続けた。




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