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老子注解 55章 赤子の徳

豊かな徳を持つ者は、赤子のようだ。毒虫や毒蛇も噛みつかないし、猛禽や猛獣も襲わない。骨が弱く筋肉が柔らかいのに、手は固く握っている。男女の交わりを知らないのに、そのための肉体が出来ているのは、力の極致だ。一日中泣いても憂鬱にならないのは、調和の極致だ。

調和を知ることを恒常と言い、それを知ることを明るいと言う。生命を強くすることを大きいと言い、精神を使うことを強いと言う。盛んなものは老いる。それを道に外れると言う。道に外れたものは、すぐに終わってしまうのだ。

18章には「仁義」への批判があり、それを理想とした孟子との対立が指摘されてきた。しかし同時に、類似点もある。この章では赤子を理想の体現者として説くが、『孟子』離婁下にも、「赤子の心」を徳とする思想が見える。老子が孟子に触発され、その思想を編み出したことは間違いないと思う。

「一日中泣いても憂鬱にならない」は原文だと「終日號而不嗄」だが、郭店楚簡は「嗄」を「憂」とする。また、『字通』は「嗄」の項目で「憂に従う字であったらしい」としている。前の句が肉体的充実を表しているのだから、それと対比する「憂」の方が良いと考えた。

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