いつまでもあると思うなケーキドーナツ
ふとした瞬間に食べたくなるものが4つある。
ラーメン、天丼、居酒屋の焼き鳥。
そして4つのうち唯一のお菓子、ケーキドーナツ。
今回はケーキドーナツと私がいかにズブズブの関係にあるかを話そうと思う。
小学校高学年の頃、塾帰りにスーパーに寄って、甘いものを買ってストレスを発散させるのが習慣になっていた。
その日も塾帰りで、売れ残っているケーキドーナツに目を止めた。
なんとなく買って帰って、晩ご飯の前に味見することにした。
ふと我に返るとドーナツ4つが全部なくなっていた。
慌てて袋の裏を見て、合計800kcalを胃袋へ送ってしまったことに気付いた当時の私は半泣きで頭を抱えた。
これが、私とケーキドーナツの出会いだった。
袋の中ではプレーンとココア風味のドーナツが交互に4つ並んでいる。
この「交互」が全くもってズルい。
ひとつだけ食べよう、と思ってプレーンを食べる。
プレーンを食べ終わると、次はココア風味で食べ比べをしたくなる。
ココアを食べ終わると、もう一度プレーンの味を思い出したくなる。
そしてプレーンのあとはココアを……。
これが一瞬のうちに4つを平らげてしまうからくりだ。
それ以来私は塾での疲労度が高い時、必ず帰りにケーキドーナツを買うようになった。
体重が増えるのを気にして少しずつ食べるときもあったし、むしゃくしゃしていることを理由に、思う存分食べ比べを楽しむときもあった。
塾を辞めてからケーキドーナツとはかなり疎遠になった。
また年齢を重ねるにつれ、お金を節約すること・糖分を摂りすぎないようにすることを優先するようになった。
しかしそれでも、商品棚にいるのを見つけるだけで元気がでるものであることに変わりはなかった。
次にケーキドーナツが食べたくなったのは数年後、引っ越し先の近くにあるスーパーで見つけたときのことだった。
前のスーパーと変わらず、パン売り場の端っこで、あの子は売れ残っていた。
「ケーキドーナツや!」
思わず小さい声で口にすると、母親が私の目線を追い、ケーキドーナツを手に取った。
「げぇ」
袋の裏側を見た母親は顔をしかめる。
「めっちゃカロリー高いやん」
「それがええんやんか、それが」
私はうきうきと返事をした。
「そんな好きなら買えば?」と母親は言ったけれど、既に豆大福をかごに押し込んでいた私はお金とカロリーのことを考え「また今度」と遠慮した。
これをきっかけに再びケーキドーナツの誘惑が、度々私を襲うことになった。
スーパーに行く度、ケーキドーナツを確認する。
150円だったはずなのにこっちのスーパーは少し高い。
それに最近、少し顔が丸くなった気がするからハイカロリーは天敵だ。
買うのはまた今度にしよう。
この葛藤を何度も繰り返しているうち、事件は起きた。
買い物ついでにパン売り場の端っこに向かうと、売り切れていたのだ。
あのケーキドーナツが。
「えっ!?」と声を出しそうになった。
いつも3袋くらい売れ残っているあの子がいない。夢かと思った。
普段は呼ばずとも駆けてくる犬が、違う人のフリスビーを追いかけて遠ざかっていった、そんな気分。
「いつまでもあると思うなケーキドーナツ」だった。
次あったら絶対に買おう、と思っていたのに、私がスーパーに行くと、ケーキドーナツは必ず売り切れていた。
私の知らない間に一体何人が、ケーキドーナツがもつ「体に悪そう」の良さに気付いてしまったんだろうか。
挙句の果てには値札すらないときもあって、存在の危うさにこれ以上ないほどはらはらさせられた。
そして1ヶ月ほど経った今日。
買い物から帰ってきた母が私に、「はい」とケーキドーナツを手渡した。
「なんかいつも落ち込んでたやろ。残ってたから買ってきたで」
私はサンタからのプレゼントを両手で掲げる幼児くらい歓喜した。
中央に「ケーキドーナツ(4)」とプリントされている袋。
この (4) を私はとても気に入っている。
ケーキドーナツが4個入りであることは見てすぐ分かるのに、わざわざ中央にプリントしているところが好きなのだ。
噛む度にサクサクと音が鳴るほど分厚い砂糖のコーティングに思いをはせつつ、この文章を書いていた。
なぜ過去形なのかというと、ご褒美にとっておいたにも関わらずどうしても食べたくなってしまったからだ。
プレーンを半分に割って食べた。
砂糖のサクサク感、これこれこれ!!!
半分食べるだけで脂肪を余分に蓄えた実感が湧き上がってくる。
晩ご飯を食べたらもう半分食べよう。
昔は、4つを一気に食べたときの少し気分が悪くなる感覚も好きだった。
「今ので絶対太った」という絶望感や、まだ晩ご飯が待っているという謎の緊張も。
あの頃と同じ無茶をしようと思わない自分をどこか寂しく思うけれど、私は閃いてしまった。
袋に残ったドーナツたちを眺めて、「いつ食べるか」もとい、「どのタイミングで体を悪くするか」を考えるのも案外楽しいということに。
それはそうとして、きっと私は今日中にココア風味も食べるだろう。
1日1個にするという先程の決意も虚しく、「久々の食べ比べ」と言い訳をして。