優しい世界のヒントは赤いストローでした
「そこからどれでも良いから
ストローとってコップにさして」
そんな言葉で頼まれると
あか、あお、きいろ、どれにしようか
考えるより先に赤いストローに手を伸ばします。
「君にいいことがあるように」
そんな歌詞を思い浮かべながら。
ストロー/aiko
君にいいことがあるように
今日は赤いストローさしてあげる
君にいいことがあるように
あるように あるように
病院勤務のソーシャルワーカー
本来の業務は相談支援でも
患者さんの生活支援を手伝うことがあります。
「ストローとってコップにさして」
そう頼むのは、難病で首から下は十分に動かず
食事の前後だけ車いすに乗ることが許可されている方。
食事までのわずかな時間は必ず活動室で過ごし
趣味に没頭しています。
謎解きを自分で作って難問を突きつけてきたり、川柳を詠んだり、組んでいるバンドの作詞をしたり…
多趣味で知人が多く、
言葉や表現の魅力に取りつかれていて、人間が大好き、人間観察を楽しむユニークな方です。
そんな彼を活動室から食堂のテーブルに送迎するまでが私の仕事。
水分管理も治療の一貫。
食事前に決まった量のお茶を飲むこと
それが決められたルーティーンです。
どうやって飲むか?
テーブルのコップにストローがあれば
ちょうど彼の口元に届く高さになっていて
手伝わなくても自分でお茶を飲めます。
「できることは自分でしたい」という
彼の意思を尊重して行なっている生活支援。
それでも準備されていないときがあります。
そんなとき
テーブルの真ん中にあるストロー置き場に
目線を向けながら私に言うのは
冒頭のあの言葉。
「そこからどれでも良いから
ストローとってコップにさして」
業務が膨大なため、その一瞬ですら
わずらわしく感じることが正直ありました。
〝支援〟が〝作業〟になってしまうのです。
そんな日々の中、思い出したのがこの歌詞。
誰かにストローをさしてあげることなんて
普段の生活の中では全然ないことに気づいたのです。
業務外かもしれないけどこの機会を大切にしよう。
そう思えばわずらわしさなんて一切なくなり、
むしろ楽しみに、また優しい気持ちにもなれました。
そうしていつからか赤いストローを選ぶようになっていたのです。
人間観察が大好きな彼ですから
赤色が好きな奴、くらいには思っていたかもしれません。
何年も一緒にこのルーティーンを過ごしながら
この事実を伝えずに退職しました。
いつも私に難問を突きつけてくるお返しに
また会えたならば伝えたいと思います。
ただの〝作業〟に〝意味〟をつけて
密かに楽しんでいたことを彼はきっと
可笑しいよ、と笑ってくれるはずです。
できるだけ長く車いすに乗れますように。
できるだけ長く人生が続きます様に。
生きる希望に、
今日という毎日が充実しますように。
そんな願いをこめて
「君にいいことがあるように」
もうストローはさせなくても
いつまでも願っています。
誰かを想うことで、人は優しくなれます。
たかがストロー
されどストロー
ストローでなくても。
〝作業〟のようなルーティーンに〝意味〟を加えてみると、世界が優しく映るのでは。
彼との日々に、大好きな歌詞を通して
優しい世界のヒントをもらいました。
作業や雑務に追われる日々があれば
ぜひ試してみてください。