「ゲーム脳」 の僕。 ④大学受験編
壁を感じた。そのままじゃ、決して乗り越えられないような壁を。
そのインターンは、バチバチとした競争意識の上に存在していた。ただ自己紹介をするときですら、ZOOM上の顔に厳しい視線が注がれていた。
就活中に劣等感を感じさせられることは、何度でもある。それでも、わかっていても、やはり人は落ち込んでしまうものなのだろう。自身たっぷりな喋り方からオリジナリティ溢れるエピソードまで、すべて負けているように感じる。今の自分では太刀打ちできない。そんな気持ちで頭の容量が埋め尽くされていく。
それでも自己分析シートは、何回やっても「競争性が全くない、調和を重んじる人間性」しか出さない。嘘だろ?オンラインゲームの対戦で負けた時はあんなに悔しがってるじゃないか。ゲームでの人格は嘘なのか?逃げてるだけじゃないか?
● さよならゲーミング部。
今の僕に通じるルーツとして、大きな分岐点は高校二年生の春にあった。いうまでもなく、今までの人生の大半を占めてきたとも言えるゲームを捨てようと思った。
デビュー。それは社会性の獲得だったのかもしれないし、実際友達も増えた。世界には、ゲームとおなじくらいおもしろいものがある。そう気づいた時だった。
もちろんばけのかわが剥がされることはよくあったが。
高校中でその中毒度からも「パズドラの人」として認知されていた僕に、パズドラの話題が振られることは少なくはなかったのだ。
新しいクラスメイトには、
「あれ、パズドラランク500の人だよね」
と話しかけられ、そのデータを見せざるを得なかったし、まあまあ引かれた。
それでも体育祭や球技大会、文化祭を楽しみ尽くす一般的な高校生になることはできたし、ちょっとした青春を味わうことができた。
そんなこんなで順調(?)に進んできた17歳であったが、この頃一つ大きな問題が首をもたげてくる。そう、大学入試である。比較的進学校だった僕の高校では、高2の秋ごろから受験を見据える風潮があった。
ちなみに当時の僕の成績はというと、模試で下から数えた方が早かったし、なんなら五本の指に入ることさえあった。そりゃテスト期間にゲームしまくってたんだからそうなるわ。
ということで、志望校に向け猛烈な勉強が必要となった僕は、勉強時間にゲーム時間が侵食され、高3の頃にはついにアプリのアンストまで至った。
「パズドラの人」引退である。その最期は呆気なかった。
● 落ちた。
それだけの猛勉強を重ねたはずだったが、現実は非情である。一年半で中学からの遅れを取り戻すことはできずに、不合格となった。浪人が即座に決定し、1年間受験勉強延長。長い道のりが始まった。
浪人において、一番辛いこと、それは一足先に大学生になった友達の姿を見ることだと思う。新しい場所と友人に囲まれ、充実した毎日を送っているインスタをみると、なぜ自分がまだ高校の勉強をしているのか、わからなくなった。
落ちた勢いで勉強していたモチベーションも夏頃には途切れるようになり、次第に予備校も休みがちになった。
● 捨てたはずのゲームに、拾われた。
そんな中で、気分転換の機会が多くなった僕は、その方法を色々試すことになる。
運動したり、自炊してみたり、ひとりカラオケに行ってみたり。
その中で、結局、選ばれたのはゲームでした。
久々にダウンロードしたパワプロアプリに夢中になり、夏休みの最後の1日はずっとパワプロをしていたし、ストレス解消のためと3DSのスマブラforを夜中にやって寝れなくなったりしていた。しかしこのときは分別があったのか、アプリはハマった次の日には消していたし、うまくゲーム欲を抑圧しながらやっていたと思う。
そんなこんなでフラフラしながらなんとか受験まで漕ぎ着いたわけだが、後半は正直スタミナ切れしていた。全く勉強に身が入らない日が続き、ゲーセンのムシキングを生きがいにしていたときもあった。
それでもなんとか受験を受け切った僕は、2年ぶりにゲーム欲を全解放することになった。受験が終わった次の日は、wiiを引っ張りだしてパワプロの栄冠ナインを三日三晩していた。今までの不足分を補うかのようにハマっていた。
大学に入ってからでもswitchでスマブラやあつ森には相当な時間をつぎ込んだし、パワプロ2018は今でもやめられない。結局かなりの時間をゲームと過ごしているのだ。
思えば、ゲーム欲とそれに対する抑圧/解放という構図は僕の人生においてよくあることなのかもしれない。それは、「ゲーム脳」をうまくコントロールできるようになったためか、ただただ飽きがきていたのからなのか、あまりわからない。
しかし、結局ゲームは僕の人生におけるひとつのパーツだった。それは変えがたいことだと思う。それがよかったのか、今は正直わからないが、これからも「ゲーム脳」と付き合いつつ、ゲームがもたらしてくれる恩恵を探していきたい。
※この記事での「ゲーム脳」とは、ゲームが脳に悪影響を与える、といった論説ではなく、「ゲームに人生の一部を支配されている」的な、ふんわりとした意味で使っています。
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