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【短編】フカヒレのスープ


「フカヒレのスープが食べたい」

大学の講義も2時間目が終わり、次の授業までの空き時間を過ごすいつものたまり場。
そこで僕はぽつり呟いた。

『フカヒレのスープ』

 それは僕にとって特別な食事。
誰にでも一つぐらいあるだろう。
毎年誕生日に連れて行ってもらうステーキハウスだとか試合前気合を入れるために食べるとんかつ定食とかのそれ。
フカヒレのスープは子供のころから僕がいつも落ち込んだ時に母親が作ってくれたものだ。

 大きなフカヒレがそのまま入ったスープ。
それを飲むと乾いて色を失った心にたちまち元気があふれ出し、心を飛び越え世界中に色がつくような感覚にさえなる。
その味に加えてフカヒレなんて高級食材がぽんと出てくる自分の家は裕福で「ああ僕はそこそこの上流階級のこどもなんだ」と
我ながらイヤらしい優越感に浸れた。

 最近進路や恋愛のことで慌ただしく僕の心は悲鳴を上げていた。
下宿してそこそこたつけど一人だとこんなにも辛いのか。
まあ、つまるところ”ホームシック”というやつだ。

「よーーーーしわかった!ほいじゃ俺ちゃん一肌脱いちゃうよん」

 馬鹿丸出しの大声を上げながら立ち上がる小柄で柄シャツの男。
同じくたまり場で腐っていた学友の高峰。

「いいぞーやれやれー」

その隣でヤジを飛ばす無表情の男、中井。
いや顔は笑っているのだが常に目が死んでいる。

 そんなやりとりがあったのが三日前。
いろいろ予定を合わせて今日僕の家でフカヒレのスープをつくってくれるらしいのだが・・・

ピンポーン、ピピピ、ピピピ、ピピピピピピンポーン

三三六拍子の不愉快なインターホン、馬鹿が来たようだ。

「「お邪魔します~」」

 バゲットがはみ出る紙袋をひっさげて高峰と中井がやってきた。
近所のスーパーは紙袋なんかくれなかったはずだが、どこまで買いに行ったんだろう?
でもそうかフカヒレなんかそこらのスーパーやコンビニにはないもんな。
僕のわがままで苦労を掛けてしまい少し心苦しいがその厚意は素直に受け取ることにしよう。

「それでは出来上がるまでここは決して開けないでくださいね・・・」

いつの間にか持参したコック帽をかぶり、仰々しく頭を下げながら襖が閉まる。鶴かてめぇは。

「包丁で手ぇ切りなやー」

  \ダイジョウブー/

部屋に残された僕と中井。
二人それぞれスマホをいじったり携帯ゲーム機を取り出したり適当に料理ができるのを待った。
よく勘違いされるが別に仲が悪いわけじゃない。
たまり場でぐだつく大学生などこんなものだ。

・・・あっそうだ聞きたいことあったんだ。

「あれどこに買い物行ったの?」
「さあ、俺さっき駅で合流しただけだから」

一人で遠出してくれたのか。とんだお人好しだ。

「んで、なんで急にフカヒレ?」

 高峰には話していたがそうか、中井にはまだだったか。
僕はフカヒレのスープの話、それをよく作ってもらった話、そしてその思い入れを説明した。

「そっかー天さん最近忙しくてしんどそうだもんな。俺もあるよそーゆーの、俺は飯じゃなくて連れて行ってもらう映画だけど」

 みんな似たような思い出があるんだな。
そういえば僕もよく映画行ってたっけ。
母親の趣味で新しいのから古いのまで、おかげで妙な教養が身についた。

「けどしんどいなら無理しないで一回帰るなり電話なりしてもいいんじゃない?」
「馬鹿言うなよ20超えたいい大人が」
「そうかなー?」

 馬鹿がいないおかげで久しぶりに知能指数が高い会話ができた。
そうそうこれだよ普通の大学生の会話。

 しかしそんな時間は長く続かない。
大人の空気を馬鹿が二秒で破壊する。

「上手に煮えましたー」

 足で襖を開けるなバカモノ。
ああでも両手ふさがってるのか、ならよし。
食べやすく切られたバゲットを盛った皿を中心に三つ。
高峰は柄も大きさもバラバラの皿を並べる。
こんな時一人暮らしの大雑把さが悔やまれるが仕方ない。
いや待ってなんで中華にバゲット?まあいいけど。

 三人こたつを囲み手を合わせる。

「「「いただきまーす!」」」

 さて見た目は・・・スープというより餡が多い姿煮だなこれ、ご丁寧にチンゲンサイまで添えられている。
ぐっと力を入れフカヒレの端を蓮華で押し切り口に運ぶ。

「・・・!?これ!」

あの味だ、すごい、母さんが作ってくれた味そのものだ。

「我ながらよくできたもんよ」

本当だよ、よくやったよおまえは。

「・・・・?」

さっきから黙っている中井。
あまりの味に感動しているのかと思ったがどうやら違う。

「これ本当にフカヒレのスープ?」
「ええもちろん」

どうしたどうした。

「いや俺さ、親戚の集まりとかでよく中華屋いくんだけど、そこで喰うフカヒレこんなんだったかなー?って」

口を開いたと思ったら何を言うんだ味音痴め。

「味も触感も・・・調理法でこんなにかわるもん?」

まったくどこの下町の中華屋に行っていたのだか・・・
やれやれ困ったものだ。

「おーー中井さん正解ーーー」

\ブオオオオオ/

うるせぇ!
やめろ馬鹿なんでブブゼラなんか持ってるんだ貴様。
ご近所迷惑だ。

「これフカヒレじゃなくて、細工したじゃがいもなんよ。それ中華スープで煮込んで餡掛けただけ」

え?

「またまた無駄に手の込んだことしちゃってー」
「いやこれ古い映画に出てくるネタでさ一回やってみたかったのよ」
「おまえいつか刺されるよー」

・・・

僕はその日半年ぶりに実家に電話した。

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