『バチェロレッテ』は営業力の勝負だった
『バチェロレッテ』がこんなにも面白いとは思わなかった。
『バチェロレッテ』(正確には『バチェロレッテ・ジャパン』)とは、美人で社会的地位も確立した女性の元に、イケメンで仕事も超順調な男たちが集まり、女性の心を射止める為にデートをしながらバトルを繰り広げる恋愛リアリティ番組だ。
この説明を読んだ段階で「なんだよそれ」と興味を失ったそこのあなた。めちゃくちゃ気持ちがわかるので僕と友達になっていただきたい。僕だって以前は見てもいない番組に対して失礼なほどに文句が思い浮かんでいた。テレビカメラの前で恋愛を繰り広げるなんて恥ずかしくねえのかこいつら、人生うまくいってる美男美女を見てうらやましがると思うなよ、情緒の構成要素が違う海外の恋愛番組を輸入してくんな、「リアリティ」って言いだしたらより嘘に感じるだろ、プロポーズのためのフラッシュモブが何時間も続いてるようなもんだぞ……などなど、書き出したらきりがない。
ところがどっこいである。何の気なしに観てみたらとても面白かったのだ。
僕が観たのは『バチェロレッテ3』で、それ以前のシーズンはおろか前身となる『バチェラー』も観ていない。しかもこのnoteを書いている段階では全7話のうち3話までしか観ていない。僕のこのていたらくを知れば、サブスクのおすすめ画面にたまたま現れた番組を衝動的に観て、本当にびっくりしたんだということが伝わると思う。
では、『バチェロレッテ』のどこがそんなに面白かったのか。
なんか男たちの振る舞いが下手だったのだ。会社経営者、医者、学者、元消防士、ショップ店員、ダンサーなどなど様々なかっこいい職業に就く30歳前後の男たちが一様に奇妙な動きを見せる。15人同時にひとりの女性にアプローチすることや、時間的制約、番組を盛り上げなければいけない使命などによって、全員が未知の状況に放り込まれるため、今までの恋愛経験が無に帰し、はたから見ていてありえない言動が連発される。特に第1話では、1人ずつ自己紹介したあとパーティーで少し喋ったくらいで最初の脱落者が3人決まるため、男たちの焦り具合がハンパなく、捨て身のアピール合戦が繰り広げられる。これがいい感じに鼻で笑いながら観れるのだ。自分より仕事でも恋愛でもうまくいってるであろう男たちに対して「がんばれ!」と言いたくなってくる。
番組が進んでゆくと、男たちも徐々に落ち着きを取り戻し、本来の自分の姿を見せ始める。すると、第1話の緊迫した状況では表に出すチャンスのなかった人間性が垣間見えるようになる。優しさや真面目さ、実直さといった人間の美徳をどれだけ兼ね備えているのか、つまりはどれだけ「いい奴」なのかがわかってくる。
そして、この「いい奴」であることが意外と馬鹿にならない。数日間共に過ごしただけとはいえ、恋愛バトルロワイヤルを生き残った男たちのなかには自然と友情が芽生え、連帯感が生まれる。この集団のなかで共有される人間としての評価は互いに敵であるゆえに嘘偽りがない。みんなから「いい奴」だと思われていることは、おそらく空気感などで女性にも伝わっているのか、第3話までの段階で「いい奴」が多く生き残っているように思う。ただ、いい奴すぎるがゆえに脱落するという場面もあって、これは涙を誘う美しいハイライトなのでぜひ番組を観て欲しい。
恋愛においてギャップが大切だ、という話は広く知られているが、『バチェロレッテ』を観ているとその重要性がよくわかる。誰が生き残っていくのかは最後の瞬間まで予想がつかないのだが、少なくとも視聴者目線で候補者を好きになって応援したくなるのはギャップにやられたときだ。
例えば、山本一成という候補者がいる。普段はヒューマンビートボックスをやっている。第1話では、登場時にキレキレのヒューマンビートボックスを披露し、その後も口を開けば自分がどれだけヒューマンビートボックスを頑張っているかという話をする。青く染めた髪をしっかりセットし、イケメンだけどなんか怖い。「オレ、すごいよ」って伝えたくて仕方がない感じだ。
ところがどっこいである。番組を観ていくと、なんか「いい奴」なのだ。みんなでビーチバレーをしたら積極的に仲間に声かけをする。女性が選んだ誰かとデートに行っている間、カメラに映ってないのに、残った男たちにビートボックスを教えて演奏を楽しむ。しかも、1人に1音教えて同時に演奏するという誰も傷つかないやり方で。女性と話していても、自分のことより相手に寄り添って話を聞いている。あれれ、第1話のヒューマンビートボックス押し付け人間はどこにいったの、こんなすばらしい人間性に気づかず勘違いしていたのか、と思ったころには心が彼への「好き」であふれている。
きっとこのギャップを生み出すために、第1話で男たちをいきなり窮地に立たせ、ネタに走る者も出るようなアピール合戦を強いるのだろう。嘘みたいな自己紹介を散々見せられたあとに、素の顔を徐々に知っていくと、否が応でも人間性というもののありがたみが感じられるようになる。番組が進むにつれて出演者の本当の姿を見た気分になり、好きな気持ちが増していく。女性の恋愛感情を追体験しているような感覚すら芽生えてくる。まったく素晴らしい番組設計である。
番組を観ていて、ふと疑問に思ったことがある。男たちは一様に全力で女性にアプローチを仕掛けるが、うまく心を動かせる場合と気分を下げてしまう場合がある。これを分けるものは一体なんなのだろう。山本一成の例で言えば、ヒューマンビートボックスで押していたときの少し嫌な感じと、「いい奴」だと分かったときの好感は何が原因で発生するのだろう。これはヒューマンビートボックスがマイナーなジャンルであることも少しは関係するだろうが、ダンスや楽器の演奏を披露したり、プレゼントを渡したりしても同じことが番組内で起きていた。
僕の結論を申し上げると、ズバリ「営業力」だと思う。『バチェロレッテ』において恋愛は自分という商品を買ってもらうゲームだ。相手が買うかどうかを決断するとき重要になってくるのは、自分がいかに商品をうまく売り込めたかではなく、相手のニーズに合わせた商品をおすすめできたかどうかだ。山本一成の例で言えば、ヒューマンビートボックスでアピールすることは自分が優れた男であると売り込むことであり、「いい奴」として存在することは相手の望みや悩みに寄り添い、求めているものに合わせて自分を変化させることだ。つまり、営業として正しい振る舞いをすれば「好き」という気持ちを高められるのである。
山岡彰彦という男がいる。Fラン大学を卒業後、四国コカ・コーラのボトラー会社に就職し、営業力のコンテストで日本一になり、日本コカ・コーラに出向するという、自らの営業力でコカ・コーラ社の本丸にまで登用されたすごい人だ。
山岡の営業ノウハウは予想に反してかなり地味だ。キャリア当初は商品を卸すルートを周りながら自動販売機を売っていたのだが、売れたきっかけはなんてことない努力ばかりだった。古い自販機があまりに汚いから訪れる度に掃除していたら、新しく買い換える気になってもらえたとか、雨の日に商品を納入するときは、他社の営業マンが商品を傘代わりにして車から倉庫まで移動してたところを、商品が濡れないように運んでいたら気に入ってもらえたとかである。昔話の「笠地蔵」チックな話だと流してしまいそうだが、ここには重要な教訓が隠されている。それは「人は自分事でないと動かない」ということだ。
コカ・コーラの商品や自販機がどれだけ優れているか売り込んでも、取引先は「こいつ買ってもらいたいんだな」と思うのが関の山だ。対して、自販機を掃除するとか商品が濡れないようにするとかは、取引先にとって面倒な仕事を代わりに引き受けることだ。取引先が共に店を経営するパートナーを選ぶとしたら、絶対に気配りの行き届いた言動を見せてくれた方だろう。営業は「ものを売る」のが仕事じゃない、「売れるようにする」のが仕事なのだ。
相手に寄り添うのも簡単なことじゃない。悩みや要望を聞き出すまでに多大な時間と労力が必要だし、聞き出せたところで解決できるかも分からない。寄り添う側の能力は常に試されている。山岡がパチンコ店と大口の契約を結ぶことに成功した事例が象徴的だ。
山岡はあるときコカ・コーラのドリンクを提供する場所としてチェーンのパチンコ店に目をつけた。しかし、パチンコ店の周りにはすでに他社の自動販売機が設置されている。それでも山岡は諦めず、店の話を聞き出すことを続けた。
パチンコ店のミッションは客をなるべく長くパチンコ台の前に座らせることだ。当たりの確率が機械で制御されている以上、より長い時間パチンコを打ってもらえば、それだけ売り上げが上がるのだ。しかし、客も喉が渇けば自動販売機まで飲み物を買いに行き、席を立ってしまう。この時間がロスとなっていた。
なんとか席を立つ時間を短くできないものか。山岡は店内のコーヒーコーナーに目をつけた。そこにコカ・コーラの装置を置いてもらえれば、客はわざわざ自動販売機まで行かずに飲み物が買え、離席時間も短くなる。コカ・コーラ社もパチンコ店も双方利益のある名案だ。早速実行に移そうとする。
しかし、前例のない案にパチンコ店の上層部は芳しくない反応を見せた。そこで山岡は策に打って出た。たまたま連絡先を知った日本コカ・コーラ社副社長に掛け合い、商談に参加してもらうことにしたのだ。いざ話し合いの場になると、副社長が来るとあって会議室にはパチンコチェーンの重役が並び、商談はあれよあれよという間に決まってしまった。使えるものを使い切るのも能力のうちなのだ。
恋愛も営業も相手のために動き、どんな手を使っても相手の本当の望みを実現することが重要だ。恋愛は評価軸が多すぎてどこから学べばいいかわからないが、営業なら大切なことはいくつかに絞られるだろう。営業のノウハウについて知りたい人に『コカ・コーラを日本一売った男の学びの営業日誌』(山岡彰彦、講談社+α新書)をおすすめする。そして『バチェロレッテ3』もぜひ観て欲しい。どちらも面白いことを保証する。
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