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ない日記「五山の残り火でマシュマロを焼く」

 十五夜も近づいたので五山の残り火でマシュマロを焼きに京都へ行ってきた。
 毎年八月十六日に京都では五山送り火が行われる。五つの山でかがり火を焚き、お精霊(しょらい)さんと呼ばれる死者の霊をあの世へ送り届ける行事だ。大が二つ、妙、法の文字と、鳥居、船の形が次々に浮かび上がる。京都の人々は家から出て送り火を眺め、盆を終わらせる。
 僕が住んでいた京都大学熊野寮は五山送り火を見るのに絶好のスポットだ。京都は景観条例によって四階建てより高い建物が基本的に禁止されている。そのため四階建ての寮の屋上に出れば周りに遮るものが何もない。大学の長い夏休みに時間感覚を狂わされた寮生たちは屋上で送り火を眺める。缶ビールや缶チューハイを持った寮のOBっぽいおじさんたちも会社の同僚を連れて屋上にやってくる。寮のセキュリティなどほぼ無いので、穴場を知る近所の住民が勝手に上がってきてるだけかもしれない。お精霊さんの前では皆子孫なので放っておく。下手に波風を立てれば京大生が集って徹夜で議論が始まってしまう。
 夏休みも中盤だからか、寮はいつになく閑散としていた。A棟の屋上に出て、梯子を使って給水塔を登り、給水タンクの前に立った。それから、白く塗装されている湾曲した鉄板をごーんごーんと六回叩いた。ごぼっと水の中で空気の泡が上がる音が聞こえたので、「十字路と書いてクロスロードと読む」と叫ぶと、扉が開いた。
 給水タンクの中に立っていた高崎さんは僕の顔を見るなり「なんだ君か」と嬉しそうに言った。相変わらず学ランに学生帽と旧制第三高等学校ファッションに身を包んでいた。「こっちこそ、なんだまだ高崎さんか、ですよ」と返すと、高崎さんは笑いながら手招きした。僕は後ろ手に扉を閉め、奥へと進んだ。
 使い古された畳が七枚敷かれていた。僕はマシそうな一枚を選んで座った。高崎さんはフィットネスバイクにまたがっておもむろに漕ぎ出した。京都の六階は少しひんやりしていた。
 高崎さんは僕の三つ上の先輩で、「犬の会」の第二十四代会長を務めている。犬の会とは、五山送り火で灯される大文字に点を足して、犬の字に変えようとする集団だ。毎年手を変え品を変え、あらゆる手段を試して犬の字を出現せしめんとしているが、京都市観光協会の五山送り火連合会に返り討ちにされている。この二つの会、犬の会発足から二十年ほどは犬猿の仲だったが、次第に切磋琢磨する関係性となり、犬の会の存在が五山送り火の行事としての強度を高めるとして、現在は共存繁栄を謳歌している。しかし、公に仲良くやっていると、世間の厳しい目にさらされてしまうので、犬の会の会長は罰として京都の六階の管理人を務めることになっている。
 街のスピーカーから午後五時を知らせる音楽が流れた。「よっしゃ、今日の仕事はここまで」とつぶやいて、高崎さんはフィットネスバイクから飛び降りた。僕も畳の染みが畳の目いくつ分広がっているか数えるのをやめて立ち上がった。二人でさらに奥まで進むとじわじわと暑くなってきた。「今年は火の持ちが長いですね」と僕が驚いていると、高崎さんが「今年はうるう盆があって、例年より送り火の点灯時間が一日長かったからな」と理由を教えてくれた。しばらく歩くと、年季の入った囲炉裏が現れ、その中心で太陽の光を虫眼鏡で集めたときの焦点のような火がぎるぎると燃えていた。
 五山送り火はお精霊さんをあの世へ送る誘導灯の役割を果たしている。光の道筋に沿っていけばあの世へ帰れるというわけだ。そして、六つの光は一つの点で交わっている。その交点が京都の六階にある囲炉裏の中心に存在するのだ。正確には五山送り火連合会が交点の周りに囲炉裏を作った。火を見て料理にでも使えないかと考えたのだろう。
 送り火が交わる点ではその熱量によってとんでもない上昇気流が発生する。急ぎのお精霊さんはこの気流を使ってあの世へ特急で帰っていく。なかにはお盆を過ぎても現世で遊び回って、しばらく経ってから帰ろうとするお精霊さんがいる。しかし、上昇気流が発生するのはせいぜい三日程度なので、後からお精霊さんにやって来られてもどうすることもできない。帰れなくなったお精霊さんに何か悪さをされても困るので、犬の会の会長が管理人をしているというわけだ。
 僕ら二人は囲炉裏に腰を下ろした。上昇気流を生まなくなった火もその熱はすごいもので、お盆から一か月経っても近くにいれば顔が火照る。僕は鞄から長い串とマシュマロを取り出した。「ここでそんなものを焼くのお前だけだ」と高崎さんは笑った。串に刺したマシュマロを火に近づけると、あっという間にとろっとなった。ふうふうと息を吹きかけてからゆっくりとかじると、口の中に温かくて甘いものが流れ込んだ。「かじるまでよく形を保っているよな」と高崎さんが口をはふはふさせながら言った。
 僕が持ってきたのは出町柳の金平糖専門店「緑寿庵清水」で特別に作ってもらったマシュマロだ。季節限定の金平糖を膨らませて作られている。外はイボイボの形をしていて、火にかざすと小さな焼き目が多くできて食感が楽しい。中には金平糖の核がいくつか残っていて、とろっとなったものを味わいながら噛みしめると、シャリっと核が弾けて香りが広がる。九月の季節限定は「らいちの金平糖」で、唐の玄武皇帝が楊貴妃のためにライチを取り寄せた逸話がうま味を増す。
 焼きマシュマロにひとしきり満足したあたりで、高崎さんが「そろそろ」と催促してきた。仕方がないな、と僕は鞄から十四代の一升瓶を取り出した。高崎さんが「おおっ」と小さく拍手した。手ぬぐいに包んできた切子硝子のグラスに十四代を注ぎ、二人でぐいっと呑んだ。まるで水かと思うような飲み口で、華やかな米の香りが無限に広がっていった。高崎さんは「もう十代早かったら俺もお前と同期なのにな」と一升瓶に語りかけていた。
 酔いも回ってきたころ、僕は「今年の戦いはどうでしたか」と聞いてみた。十四代に気をよくした高崎さんは武勇伝を語ってくれた。
 犬の会の今年の作戦は大きなロケット花火を撃ち込むことだった。新たに工学部の院生が研究室まるまる一つ入会して技術的に可能になったため決行された。五山送り火連合会も上空からの攻撃は予期しておらず、ロケット花火は所定の位置に着弾した。地面に深く突き刺さった花火は噴射飛行用の火薬を爆散させ、胴体の中ほどに詰められた京都大学から不合格を喰らった受験生の受験票の束に引火した。受験票は落ちた受験生によって強く握り締められ、人間の掌の皮脂油が染み込んでいるため、とても長くそして明るく燃えた。後手後手に回った連合会はまともな連携を失い右往左往し、対応を誤って消化器を思いっきり噴射したところ、近くの大文字の上の突起部分まで消火してしまった。消火用の粉が現地で舞い続けたため、その場で新たな松明に火をつけることもできなくなった連合会は活動を完全に停止した。勝負とはいえ、大文字自体に欠損が生まれるのは話が違うと、犬の会は予備のロケット花火を大文字の上突起があった辺りに打ち込み、元の大文字を復活させたのだった。
 十四代も空いたので僕は帰ることにした。それじゃまた来年、と声をかけると、高崎さんは「たぶん次はもういない」と寂しそうに言った。今年より派手な作戦を思いつきそうもないから就職するという。五山送り火連合会の経理のポストに誘われているそうだ。ふーん、と言って僕は五山の残り火にマシュマロをかざし、頃合いで口に放り込んだ。とろっ、シャリっ。


東京大学合格高校は1980年代以降、私立が圧倒的に強く、公立が上位30校に入るのはなかなかむずかしい。一方の京都大では、公立が上位10校にもかなり顔を出している。

小林哲夫『京大合格高校盛衰史』

 京都大学には関西圏から進学してきた生徒が多い。という当たり前の事実を僕はついぞ意識することなく大学を卒業した。というのも、神奈川県から進学した僕は熊野寮で学生生活を送り、寮には関西圏以外からやってきた生徒が多かったからだ。大学構内で話される関西弁にも一ヶ月も経たないうちに慣れてしまい、そこが関西であることは意識から消えてしまったのだ。
 東京大学は日本の大学だが、京都大学は京都の大学だと思う。京都大学への進学者数ランキングで公立高校が上位に入るのも、地元でそのままステップアップするからだろう。遠い土地から京都大学を目指すのはやはり現実味がないし、富山県に至っては京大は全く眼中にないと言う。
 合格者のインタビューで京大の「自由の校風」への憧れがよく挙げられるが、答えやすい方便に過ぎない。大学はどこも基本的に自由だ。たとえ京大に入ろうと自由を謳歌できるかは生徒自身に委ねられている。素敵な自由が目録になって贈られてくる訳ではない。うっかりしていたら地方の暇さを痛感して学生生活を終えることになるだろう。
 では、どこで自由を見つければいいのだろうか。一つ注目すべきは歴史と文化、つまりは観光資源だ。大人になってから観光を楽しもうとすると、観光協会と旅行会社の働きかけで作られた短い時間で楽しめるプランで、京都の上っ面を知るに留まってしまう。京大生は京都の人々に割と受け入れられているため、奥深くまで潜り込めるチャンスがある。もちろんガイドなどなく、人を頼って掘り進める必要があるが、大昔に作られた文化が未だに息づく場所にたどり着いたとき、予想を軽く超える光景を目の当たりにすることは間違いない。
 また、京都大学で最も自由を謳歌しているのは教授たちだ。悠久の時が漂う京都という空間で、好き勝手に研究を続けている。馬が合う教授を見つけて、話を聞きにいくのがいい。自分の興味がある分野でもいいし、よく知らない分野でも、教授のヒトが面白ければ、いくら話を聞いても飽きない。
 京都大学は変人を作る学校ではない。変でも放っておいてもらえるから、変人のままでいられる学校なのだ。変な人に話を聞いてみると、思ったよりまともで、やっぱり変なことが分かる。

 大学にどの高校から何人合格したかなんて自分にとってどうでもいいことなのに、数字で見せられると夢中になってしまう。スポーツの成績に近いからだろうか。京都大学にどの高校が強いか知りたいなら『京都大学合格盛衰史 - 天才たちは「西」を目指した』(小林哲夫、光文社新書)をおすすめする。有力高校の移り変わりが日本の教育制度の写し鏡になっている。

京大には京大の良さがあると思うよ。

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 コンビと作家でやってるラジオでも取り上げさせていただきました。


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