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ある日記「PERFECT DAYS」2025年1月13日
午前五時四十五分、電話が鳴って起きる。「おはようございます。ありがとうございます」と寝ぼけた声にならないように出る。電話先の所長は「大丈夫?起きてる?」と言う。「大丈夫です。よろしくお願いします」と言って電話を切る。
度重なる遅刻の末、しびれを切らした所長がモーニングコールをかけてくれるようになった。電話がかかる前に起きる癖がついていたが、「もう電話をかけていただかなくても結構です」と言い出す勇気がなかった。モーニングコールが責任の所在を自分に確定する、はっきりした関係性が心地良かった。
電話が終わると二度寝に入る。出勤時刻は七時、家から職場まで歩いて二十分ほど、身支度に十分かかり、タイムカードの時計が四分早まっていることを計算に入れても、あと三十分は寝ることができる。目覚まし時計はすでに二度寝後の時刻に合わせて設定してある。浅い眠りに入るまどろみを迎えに行く。
目覚ましで起き、ベッドでぐずぐずしたあと、着替えて顔を洗い、九百ミリリットルの水筒に水を溜め、職場に向かう。急な坂を登り、下り、また登る。俯いて歩いていても、長い下り坂は見通しがいい。途中で息が上がり、天を仰ぐと電線を繋ぐための大きな鉄塔越しに空が見える。高速道路の上を渡す道を過ぎると病院に着く。
病棟の近くにあるアパートの一室に入る。玄関前の踊り場で余裕を持って出勤している同僚と挨拶を交わしてすれ違う。ほとんどがおじいちゃんやおばあちゃんだ。タイムカードを押す。七時を一分過ぎている。誤差だと自分に言い聞かせる。これくらいなら所長が多めに見てくれる。遅刻すると日給が五百円減る。時給千円で四時間働くので、一日で四千円貰える。その内の五百円と思えば大変な額だが、五百円の為に通勤路を急ぎたくはない。
自分のロッカーに向かう。廊下からキッチンをのぞくと、所長が換気扇の下でタバコを吸っている。「おはようございます。お電話ありがとうございます」と頭を下げる。「今日もよろしくね」と言われ、「はい」と答える。ロッカーから制服を取り出し、着替え、鞄から水筒を取り出し、鞄をロッカーに仕舞う。そのまま舞台に向かう日は、鞄がどっちり詰まっていてロッカーに入れるのに難儀する。
旧病棟の二階の廊下に行く。掃除用具の積まれたカートが置いてある。水筒をフックに引っ掛けて、カートを押して新病棟の地下に行く。必要な備品を倉庫で揃える。二人組が洗い終わったモップを棚に戻している。「ひどいんだよ。まじめに働かないんだよ」と一人が隣にいる人への愚痴を投げかけてくる。深刻な顔で「へぇ」とうなずく。
備品を満載したカートを押して担当場所に向かう。途中で先に掃除を始めている方々と挨拶する。みなさん穏やかで丁寧だ。患者を受け入れる清潔さを担う人たち。いつも同じ人と同じ場所で会う。同じだけ綺麗な病院がある。
担当場所に着くと看護師さんと挨拶し、掃除をする。朝から慌ただしい。看護師さんがやるべきことは山積みだ。邪魔にならないようにゴミを集め、病棟を磨いていく。三時間もするとすっかり疲れ、テレビから流れるニュースが面白くなる。自分の頭から出てこない情報を浴びると心が潤う。
十時半になると、ゴミを集め、モップを洗い、カートを戻し、アパートに帰る。着替えて、タイムカードを押して、同僚と挨拶を交わす。帰り道のコンビニで弁当とお菓子とときどき缶ビールを買う。家で買ってきたものを食べ尽くし、飲み尽くし、気絶するように眠る。昼過ぎにまどろみを迎えにいく幸せに浸る。
夕方に目を覚ます。ライブがあれば劇場に行く。なければ動画を見漁って、ひたすらメモを取る。どうすればいいか考えて、結論が出ないまま夜になる。夕食を摂り、風呂に入り、布団に潜る。焦りがまぶたを軽くする。寝転がったままスマホを見つめ、午前三時を過ぎたころ、焦ることに疲れて眠る。
これが新書と出会うまでの毎日だった。好きなように生きていて、時間に置いて行かれてしまった。不満を怒りに変えることで自分のエンジンを吹かしていた。そうしなければ膝から崩れていたはずだった。あの頃に戻りたいかと問われれば、答えは否だ。しかし、それでも完璧な日々だった。
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ミニモニ。のセトリを書いたCDで我が家の周りはカラスが来ない
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