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あくたの死に際

 僕は芸人をやっています。まだ売れていません。ちなみに京都大学を卒業しています。あ、今「もったいない」と思いましたか。確かにね。人生を棒に振ってしまってるよね。こりゃ一本取られた。完全敗北です。
 僕がどんな人間か説明すると、善い奴か悪い奴かで分けたら善い奴に入るのではないかと期待しています。いや、善い奴で居られるように努力しています。所詮は善悪を混合した凡な人間です。迷惑を山ほどかけてきたし、今後もかけていくでしょう。不快な思いをさせてしまったことが何度も何度もあるし、これからも度々起きるでしょう。本当に申し訳ない。立つ瀬がありません。
 もういっぱいいっぱいなんです。とはいえ、これも自分のせいなんです。売れてない時間が嫌になって、忙しさだけでも売れた人と同じにしようとしてみました。生きる糧を得るためのバイトをへとへとになるまでやって、それから本を読んで、映像を見て、ネタを書いて、文章を書いて、配信をやって、ライブに出ています。やりたいことをやらせてもらえない現状に不満を溜め込むことをやめて、手当たり次第にやってみたら、案の定時間が足りなくなりました。いやあ売れるってすごいわ。まだ売れてないけど。
 親元を離れて、再会するたびに親が歳を取っていきます。変わらないと思い込むほうが無理な相談です。早く売れなければ。早く胸を張って自慢できる息子にならなければ。脳に血を巡らせろ。ニューロンに着火して新しいシナプスを構築しろ。大きな声で主張しろ。
 あ、今、「働けよ」と思いましたか。「やっぱりもったいないわ」って思いましたか。またまた一本取られました。流石ですね。これは敵わない。一本を取るのが本当に上手。IPPOOOOOOON。
 でもね、出会っちゃったんですよ、中一で。その才能に気づいたのは中三か。まあ、どっちでもいいか。Campusノートにびっしり書かれた漫才のネタを見せられたんですよ。相方を探してるって。昼休みに教室の隅で本を読んでたら。ラッキーでしたわ。面白い奴らはみんな校庭にサッカーしに行ってましたから。クラスで全く目立たない僕にもチャンスが回ってきたんです。
 コンビを組んで、屋上に出る暗い踊り場で放課後練習して、文化祭で漫才をやりました。爆笑が起きて、あっという間に話題になりました。舞台を作った教室にどんどん人が集まって、入りきれないくらいになって、笑いも大きくなりました。気持ちよかったな。芸人になって周りに聞いたら、文化祭でウケて芸人を志すってあるあるらしいですね。でも、そんなのどうでもいいんです。あのときボケが発せられた瞬間に笑いが起きてたので、僕のツッコミは観客には届いてませんでした。でも、そんなのどうでもいいんです。忘れられないんです。爆笑が。
 今、コンビとしては売れてないですけど、相方はYouTubeで人気者になってます。ほら見たことかと思いました。ずっと面白いもんね。自分の現状はさて置いて悦に入らせていただきましたよ。だって最初にちゃんとコンビ組んだのは僕だから。
 どうです「もったいない」って思ったあなた。人生の岐路で、隣に才能がいて、冒険に身を投げ出してしまうことは「もったいない」ですか。そんなわけねえだろ。もったいなくなんかねえよこの人生。「いやいや、人任せかよ」って言いたいですか。うるせえ。才能という光めがけて直線で走ってんだよ。めがける場所があるだけ運がいいだろ。そんでもってかき集めた自分の才能が尽きたら、気持ちが尽きたら辞めるだけです。確かに後悔することもあるでしょう。助言に耳を傾けておけばよかったと振り返ることだってあるでしょう。それでも今はかけがえないよ。

差し入れてくれたあなたにありがとう。漫画に疎いから救われた。


ビー玉をせき止めるため進化した中に出っぱる肩甲骨よ

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