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人を勝手に殺してはいけない


コンビニのレジに並んでいると、店員と立ち話をしているおじいちゃんや、おばあちゃんをみかける。

レジ横を陣取り、お客がいると黙る。いないと話す。という状況をくり返している。店員は「常連客だから、ないがしろにできない。でも、早く帰ってくれないかな」という気持ちを出さないように、苦笑いを浮かべながら対応しているようだった。

私は、そんな「店員側」になったことが1度だけある。

高校時代、地元スーパーの中にあるパン屋でアルバイトをしていた。高校1年から卒業までの3年間、お世話になった。人生の中で唯一続いたアルバイト。この最高記録は今後塗りかえられることはないと思う。

私は、13才から引きこもりだった。まともに人馴れしていない状態での高校デビューは、初めての海外旅行以上に緊張した。ましてや大人と関わるアルバイトは、もっと怖い。

バイトに行きたくなくて、ギリギリまで布団の上にいた日もあった。お局パートさんのご機嫌とりも正直、面倒だった。時給は最低賃金の750円だったけれど、平日は17〜20時の3時間だけ。温厚な性格の店長のおかけで店の雰囲気がマイルドだったのも、続けられた理由かもしれない。

THE・思春期だった当時、ヴィジュアル系が好きな友人に影響され「口ピアス」を開けたくなった。唇をぐるりと一周して、先端が矢印になっているようなやつを。

店長に伝えると「マスクをすればいいよ」と、許してくれた。レジの数字があわず閉店から1時間たっても終わらないのに、怒るどころか笑って許してくれた。

思春期の名残は、今でも唇に残っている。


アルバイト先だったパン屋は、昼ごはん時に長蛇の列ができる。

10畳ほどの店内の端まで。大体、列の最後のほうに、ハンチング帽をかぶった常連のおじさんがいた。コンビニの店員に絡むおじいちゃん、おばあちゃんさながら、レジ横を陣取るタイプ。

でも、周りのパートさんはハンチング帽のおじさんがくると、目を合わせないようにしていた。話したいけど構ってもらえないハンチング帽おじさんを見ていると、何だか寂しい気持ちになってしまい、話した。話し相手のターゲットは、パートさんから私になった。

私のレジにくる。会計が終わると、横にずれる。他のお客さんがいると黙る。いなくなると話し出す。これを数十分くり返す。「レジ越しの交流」は、差し入れ付きになった。覚えているのは、柿、りんご、みかん。しかも、私だけに。周囲にいるパートさんの目線が痛い。


アルバイトをやめて、大学へ進学したばかりのある日。

帰り道に地元のスーパーにより、買い物を済ませてさあ帰ろうとするとき、ハンチング帽のおじさんと会った。お互い、これから自宅に帰るという、同じタイミング。

家の方向が一緒で、同じ歩調ですすんだ。その途中で、年齢や家族構成を聞いた。奥様を早くになくし、息子は巣立って1人暮らし。寂しい暮らしをしているのかな、と想像した。

という具合に歩調を合わせていると、家の前までついてきた。「携帯番号を教えてくれ」とガラケーを差出しながら言うので、教えた。教えないと、家の中まであがってきそうだったから。今度は私の家族構成を聞かれたが「父と2人暮らし」と嘘をついた気がする。もう、とっくにいないのに。

その後、電話でやりとりをしたのか、メールでやりとりをしたかは覚えていない。

「常連客だから、ないがしろにできない。でも、早く帰ってくれないかな」という店員側は、もう卒業した。だから、電話がかかってきても、出なくなったかもしれない。鉢合わせたときに「電話をかけても出ないじゃないか。忙しいのか」と聞かれた記憶があるから、無視した線が濃厚だ。

その後も、何度かハンチング帽おじさんをスーパーで見かけた。「見かけた」というのは、おじさんを認識するのと同時に逆の方向にまがり、接触をさけたから。くりかえしているうちに、見かけなくなってしまった。もう、7〜8年前の話になる。


夫と2人で食後の団欒(だんらん)をしていた、ついこの間の夜。

「次のエッセイは何を描こうかな」と話題をふると「あのハンチング帽のおじさんの話を書いたら?」と、言われた。そう夫に言われるまで、夫におじさんの話をしたことも、ここに書いた話も、記憶がキレイにくり抜かれたみたいに忘れていた。

そういえば、しばらく見かけてもいないし、逆方向にまがってもいない。私の家の前までついてきたあの日、歩調をあわせる中で、確か70才くらいだと言っていた。もう2度と会えないのかもしれない。

......と、しみじみしていたら、地元を歩いていたらハンチング帽をかぶったあのおじさんとすれ違った。まさにこれを書いている、今日の出来事だった。


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