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「ウヲルヅヲス詩集」を読む その3

はい、というわけで、「ウヲルヅヲス詩集」を読む、第3回です。今回は、「妹に与ふ」です。

いつもの通り、まずは原文から。

原文

To my Sister

It is the first mild day of March:
Each minute sweeter than before
The redbreast sings from the tall larch
That stands beside our door.

There is a blessing in the air,
Which seems a sense of joy to yield
To the bare trees, and mountains bare,
And grass in the green field.

My sister! ('tis a wish of mine)
Now that our morning meal is done,
Make haste, your morning task resign;
Come forth and feel the sun.

Edward will come with you;—and, pray,
Put on with speed your woodland dress;
And bring no book: for this one day
We'll give to idleness.

No joyless forms shall regulate
Our living calendar:
We from to-day, my Friend, will date
The opening of the year.

Love, now a universal birth,
From heart to heart is stealing,
From earth to man, from man to earth:
—It is the hour of feeling.

One moment now may give us more
Than years of toiling reason:
Our minds shall drink at every pore
The spirit of the season.

Some silent laws our hearts will make,
Which they shall long obey:
We for the year to come may take
Our temper from to-day.

And from the blessed power that rolls
About, below, above,
We'll frame the measure of our souls:
They shall be tuned to love.

Then come, my Sister! come, I pray,
With speed put on your woodland dress;
And bring no book: for this one day
We'll give to idleness.

日本語訳

日本語訳は、今回も聖書研究社発行、畔上賢造訳の「ウヲルヅヲス詩集」からです。

妹に与ふ

三月のはじめの静なる日。
戸口に立つ落葉松(からまつ)の高きより
歌ひ出づる駒鳥(こまどり)の曲は
刻一刻にその美を増す。

空中には祝福ありて
葉なき樹、青からぬ山、
及び緑なる野の草に、
歓喜の感覚を賦与すと見ゆ。

我妹よ!(われ願ふ)
われ等の朝食(あさげ)終りたれば、
とく/\朝の仕事をすて、
出で来つて日に浴せよ。

エドワドと共に来れ。
急ぎ散歩服を着よ。
書物を携え来る勿れ。
此一日を怠惰にすごさん。

無味なる形式をして
我等の生を限定せしむる勿れ。
友よ、我等はこの日を以て
新たなる年を始めん。

今や愛の生まれぬくまもなくて、
心情(こゝろ)より心情(こゝろ)に、地より人に、
人より地に沈み入る。
いまや寔(まこと)に情感の時なり。

今の一瞬時より我等の得る処は
研覈(けんかく)思索の十年にまさる。
我等のこゝろは飽くまでに
此の季節の精神を吸ふ。

我等の心情(こゝろ)は或黙せる法則を造りて
長く之を守るべし。
われ等は来ん年のために
いまより心の準備をなさん。

かくて磅礴(ほうはく)として天地に充つる
祝福すべき力より、
我等は心霊の規矩(きく)を得、
心霊は愛に応じてうたはん。

さらば、来れ、妹よ、来れ、
急ぎ散歩服を着よ。
書物をたづさへ来るなかれ。
この一日を怠惰にすごさん。

感想

ちょっと難しい言葉がいくつかありましたね。

まず「研覈(けんかく)」は、隠された事実を調べて明らかにする、という意味だそうです。あと、「磅礴(ほうはく)」は、広大で限りのないさま、広く行き渡るさまを意味するそうです。それから、「規矩(きく)」は寸法や形のことです。

三月の初旬のある朝、詩人がふと外に出てみると、コマドリの歌う声が聞こえた。その声を聞いた時、詩人は、まだ木に葉はないままだし、山も青くなっていないけれど、でも、春が来たのだ、と実感したのですね。

で、妹のドロシーに「おい!春だぞ!早く来い!散歩するぞ!」と急かしている。そんな詩ですね。

「もう春だからダラダラするんだ! イェーイ!」というワーズワースの心の叫びが伝わってきます。

きっとこの時代だと、冬というのは本当に何にもすることがなくて、だから結果的にいろんなやるべき仕事をやるしかない、みたいな感じなのでしょうね。それでさらに気が滅入る、みたいな。

だから春が来たら、やったー! ってテンション上がるのだろうなあ。

しかし、「怠惰に過ごすために急げ」とはこれ如何に? なんて思ったりもしますが。

妹さんも、やれやれ、と思いながら、でも嬉しくなって、急いで出てくるのでしょうね。

この妹さんはワーズワースとすごく仲が良くて、ワーズワースが結婚して子どもが生まれてからもずっと一緒に暮らしたそうです。とても自然を愛していた人で、日記が今も残っているのですが、その多くに散歩しながら見つけた木や草のことが書かれています。

「妹に与ふ」というタイトルだと、なんだかワーズワースが妹に春が来たことや春の素晴らしさなんかを教えている、みたいなニュアンスを感じますが、実際は二人は同じものが好きだから、共感し合ってる、という感じなのでしょうね。

「春だな!」「ですね!」と言い合ってハイタッチしてる、みたいな。

ちなみに、詩の中に出て来るエドワドとは、二人の友人夫婦の子どもで、この友人夫婦が留守の間、二人が世話をしていたのだそうです。

なんか、ほんとに自然が好きなんだねえ、と微笑ましく感じてしまうような、そんな詩だと僕は思います。

次回に続く。

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峰庭梟
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