晩節を汚す
自分の頭で考えるとはどういうことか、を書いている。
私は40年以上、瞑想(自己流)をやっている。
70歳を過ぎてから暇なので、瞑想が増えた。
私の瞑想は内面との対話。
心身の微かなメッセージを感知すること。
瞑想していると、自分について良く分かる。
自分だけのオリジナルと思っていたことの大半は、
よそからの借り物。
どこかで、ヒントをもらっている。
そもそも自分や私という固定したものは、
どこを探しても見つからない。
10年前の自分は今の自分と全く別人。
人は一瞬一瞬、変化している。
昨日と同じなのは、名前くらいだろう。
名前が同一なのは、私に付けられた記号だから。
人類社会では、全ての人に記号が付けられている。
生まれながらの記号。
記号に特別な意味はない。
名前は同じでも中身は変わっていく。
中には悪人から聖人になる人もいる。
80歳まで立派な人だが、晩節を汚す人もいる。
たぶん、正体がバレたのだろう。
人は一般的に年齢と共に賢くなっていく。
人生経験を重ねるからだ。
しかし、年とっても賢くならない人がいる。
むしろ、愚かになっていく。
多くは、我がままになるから。
自分の思い込みが強くなるからだ。
70歳を過ぎて、
自分のことをエライとか賢いとか思っている人は、
思い込みが強い典型。