小匙の書室115 ─ミノタウロス現象─
全世界で突如として現れた牛の怪物。
市長の利根川が県議会の議会中にも出没した“それ”の対処に迫られる中、一人が不自然な形で亡くなって──。
〜はじまりに〜
潮谷験 著
ミノタウロス現象
デビュー作『スイッチ 悪意の実験』からコツコツと読み進めている潮谷先生の最新作!!
特殊設定モノである他、田中寛崇さんが装画を手がけているとあって、私の気分は読む前から高まるってもんです。
今回の要素は、突如として世界に現れた牛頭の怪物と殺人と政治。
モンスターホラーも加わっているのかな、と予想をしつつページを捲っていきました。
………………ほう。
これはまた、面白い解釈を与えてくれましたね。
〜感想〜
牛頭の怪物というSFと、異様な死体を扱ったミステリ。
この二つが面白く噛み合わさった作品でした。あと文章が読みやすい。駆け出したら止まりたくなるほどぐいぐい引き込まれます。
読みどころは以下の通り。
◯牛頭の怪物、ミノタウロス。最初の発生から世界は混沌とし──。
人ならざるものが突如として現れる。その恐怖は可視化されているからこそ強く感じられるのでしょうが、思えばコロナというのも突然発生した恐怖の対象でした。
本作は冒頭からミノタウロスを介した人々の恐れを描く一方、私の予想を外す展開があって、「それではどう物語は進行していくのだろう?」とページを捲る手に勢いが付くのでした。
◯利根川の、最年少市長としての行動や秘書との掛け合いが面白い。
特殊な経験を経て市長になった利根川。経験ゼロからの市長活動に奮闘する彼女ですが、ミノタウロスの出没&不可解な殺人事件の状況においても、「支持率を下げないためにはどうするか」といったエゴを放っており、このズレ加減が面白かった。
また、変なところでポジティブなところがあって、それにツッコミを入れる秘書──羊川との掛け合いも良かった。
だから、そう。読む前に抱いていたモンスターホラーといった気色は次第になりをひそめ、非常に肌に馴染みやすい物語として頭に入ってくるのでした。
◯特殊設定の中にある、現実。
特殊設定モノとなると、世界観やら人物やらがそれに寄ったものになりがちですけど(それももちろん素晴らしいこと)、本作は特殊設定をやっているにも関わらず基本的には現実的なスタンスで物語が進むのでした。
なんせ、ミノタウロスの処遇をめぐって政治的な思惑(有事の際に市長としてどう動けば支持率が上がるのか、ミノタウロスの情報を掴んでいることでいかにイニシアチブ取れるのか等)を働かせるのですから。
ここにきて、著者によるコメントが効いてくるのでした。
※そして意外にも選挙の意義を再確認させられもするのでした。
◯特殊設定ならではの、“特殊”の巧い使い方。
過去作『時空犯』『あらゆる薔薇のために』もそうであったように、今回もミノタウロスという特殊設定要素を上手く説明し、気付けば現実世界に馴染んだ存在になっている。のみならず物語を盛り上げる要素として綺麗に消化しているのです。
ミノタウロスがどこにいるか、わかりますか?
そう、迷宮です。じゃあ、ミノタウロスを封じ込めた迷宮って、どんなものなのか?
そして作中世界においてはどんな力を発生させられるのか。人類はミノタウロスに対抗する手段を得られるのか。
そういう発想もすることができるんだ、と私は膝を叩きました。
ミノタウロスは作品の要ではあるものの、人間サイドの研究過程を描くことも忘れないからこそ地に足ついた特殊設定になっているのでしょう。
また、不可解な死に対するハウもホワイも現実世界ではお目にかかれないからこそ、一段と輝く魅力を放っているように私は思うのでした。
◯最後には、異星人のことを考えてしまう。
異星人って、私たちの星と比べて知性はどうなんでしょう? 高いのか低いのか。わかりませんよね。
もしかしたら人間と同じかもしれない。
強大だと思って蓋を開けてみたら、案外小粒かもしれない。
異星人がミノタウロスを送り込んできた理由をめぐる中で、私は異星人に対する認識を少しだけ改めることができました。
〜おわりに〜
今回の特殊設定は、比較的誰もが手に取りやすいのではないかなと思いました。
ミノタウロスが暴れまくって周囲は血みどろ……とかではなく意外とコミカルで、怪物の脅威よりも「いかに怪物を利用できるのか」に焦点が当てられています。
これを読み終えた後、『時空犯』と『あらゆる薔薇のために』に入っていくのも悪くはないでしょう。もちろんデビュー作にも……。
ここまでお読みくださりありがとうございました📚