ChatGPT時代の士業として思うこと
ChatGPTが楽しい。
使いこなしているとはまだ到底言えないものの、自分の脳みそが広がったような、手足が伸びたようなワクワクを既に十分すぎるほど感じています。
一方で、技術の飛躍的進歩が報じられると真っ先に周囲から職業の継続を心配されるのが士業です。
AIブームは通算4回目と言われているが、過去3回も同じやり取りが繰り返されてきたはず。しかしながら、今回は単なるブームではなく社会現象であり、シンギュラリティ*の始まりだとも言われているらしい。
そこで、ChatGPT時代のいち士業として、自分の仕事にどのような変化が生じるのか、予測してみました。
士業に与える影響=担う役割の変化
ChatGPTの進歩が士業に与える影響を一言でいうと、「顧客の問いに答える」から「顧客と一緒に問いを立てる」へ担う役割が変化することと考えています。
大規模の言語データを処理するChatGPTの活用にあたっては、指示・質問の仕方が非常に重要です。最終的なアウトプットの質を左右する、AIへの情報のインプット方法を工夫するプロンプトエンジニアリングという領域が盛り上がっており、こうした変化は、以前にもまして、良質な問い方が良質な答えに直結するようになっていくことを意味します。その逆も然り。
つまり、良い問い方ができる人はすごく遠くに早く到着できるけど、問い方を失敗すると全然違うところに着いてしまったり、すごく時間がかかってしまったりする。あるいは、その事態に気づかない可能性もある。
現時点では、労働基準法をはじめとする日本の労働関連法令に対する回答は、まだまだ不正確です。しかし、GPT-5の開発も進んでおり、性能は急激に進化することが予想されるので、AIは私が社労士試験を通じて学んだ知識をあっという間に習得してしまうはずです。
単に知識を元にした質問への回答を、AIが人間よりも早く正確に行ってくれるとすれば、士業に求められるのは自ずと良質な問いを作り、良質な解を導き出す手助けをするという役割にシフトするはずです。簡単に言うと、一緒に上手くAIを活用してより早く、より遠くまで行こうよ、と顧客に伴走すること。
良質な解を効率よく導き出す上で重要なのは、アウトプットを想像できているか
上記のイメージをもう少し持てるように、良質な解を効率よく導き出す、という観点で、DeepLやGoogle翻訳などの翻訳ツールを例にとって考えてみます。
以前、やや(結構)クセのある日本語をニュアンスを崩さず正確に英訳するという業務を担当していた際、翻訳ツールの恩恵を最も享受できているな、と感じました。
私は、受験英語と読書好きが高じて基本的な読み書きは問題なく行えますが、日常会話の中で英語を用いた経験がないため、頭の中で日本語を英語に変換するのには一定のストレスと時間がかかります。
つまり、アウトプットのイメージとレビューは可能だが、変換作業の腰が重い、という状態です。この腰が重い部分をDeepLに補ってもらっていたのです。
では、私がやっていたことは何か。
日本語と英語では語彙の種類もそもそもの文の構造も異なるので、元となる日本語が表現したいニュアンスを綺麗な英文にするには、DeepLに読み込ませる前に「英語だったらどういう単語に近いか?」と想像して単語を置き換えたり、適切な文の長さに分割します。そうして、出荷前に状態をきれいに整えた上で、ツールに流し込みます。
そして、ツールが翻訳してくれた英文表現をチェックします。違和感がある場合は、流し込む文章を書き換えてみたり、ツールから出てきた英文を直接修正し、完成させます。
この比較検証を、私一人の頭の中で行うよりはるかに早くその分何度も回すことで、締切を遅らせることなくクオリティを上げることができました。
変換の仕組みが「翻訳」というシンプルな例ですが、より複雑なものでも同じような作業が必要だろうな…と思っています。
アウトプットをある程度想像できていて、その正しさをレビューすることができれば、「解き方」にかかる時間は大いに短縮されます。そしてこの、ツールにかける前の整形(=良い問いを作る)とかけた後の正しさの担保(=良い答えかを確認する)は、士業が担っていくべき役割の一つだと思うのです。
問いの種類に応じた役割・価値の変化
顧客からの質問・相談の種類に応じて、士業の役割にはそれぞれ、次のような変化が起きると考えられます。
(1)単純な問いの場合
顧客は人にもAIにも質問することができるので、質問に回答する最後の砦ではなく、あくまでも選択肢の一つになる(それも劣後した選択肢群になる)。
(2)意見・ポジションを伴う必要がある場合
AIは責任主体とならないので、回答に最終的な法的責任を負わせたい場合に人に回答をさせる、というのが顧客が質問先を選択する上での一要素となる。
(3)質問が未成熟であったり、そもそも質問や相談という形で顧客が認識していない場合
AIを効率的に使用するためには、指示・質問の仕方が非常に重要である、つまり、良質な問いが良質な答えに直結するので、前提知識及び前提条件が共有されていない問いは、思わぬ誤回答につながりかねない。そうなると、誤った問いを立てないよう顧客を導く必要がある。(先ほどのDeepLの例で言えば、インプットするまでのデータを整える)
そして、士業がより価値を発揮できるのは、(3)→(2)→(1)の順になります。
上記は実務面に近い観点で整理したものですが、こうした変化は、そもそもの士業としての立ち位置の変化、物事への向き合い方の変化をもたらすと考えています。
「シームレスに立場を行き来する」ことの価値
ちょっと話が逸れてしまいますが、一つの事象を、コインの表と裏のように両方の立場から経験する、ということは、そのできごとを本質的に理解する上では必要不可欠です。
そして、何かのスキルを得るハードルが以前より格段に下がることで、職業の選択の自由度は増す。そうすると、置かれた立場の違いによって判断が異なってくることを実感として理解していることの貴重さが、より増していくと思います。
回りくどくなってしまった。どういうことか。
雇う側と雇われる側は置かれた立場が違うので、本来はどう頑張ってもお互いの立場は本質的にはわからない。しかし、従業員と経営者、両方の立場を経験すると、少しはそれぞれの気持ちがわかり、生産性を向上させる施策が打てる可能性が高まる。かもしれない。
接客の仕事をしたことがある人がコンビニの店員に優しくなれる、というのは逆の立場から見える世界に想像力を働かせることができるからで、その結果、より良い接客を受ける機会につながるかもしれません。
南場さんは著書『不格好経営』の中で、「優秀なコンサルタントは、間違った提案をしても死なない立場にいるからこそ価値のあるアドバイスができることを認識している。」と言っていました。これは、コンサルタントと経営者を両方経験しているからこそ得られた教訓であり、より良い提案への示唆をもたらすものです。
GPT-4時代のエンジニアの生存戦略について解説したこの記事では、エンジニアに求められる変化について、次のように書かれています。
すなわち、エンジニアサイドの視点だけではなくビジネスサイドの視点も持った上でそれらの役割からの視点を行き来し、コーディングという役割を超えた、プロジェクトの成功という全体観を踏まえた業務遂行が求められるようになる、ということです。
士業も同じで、良い回答だけではなく、良い回答を導くための良い問い作りの段階まで一歩踏み込んで、シームレスに想像力を発揮してさまざまな視点から関与することが価値提供の鍵を握ると思います。この中には、例えば、社労士として回答できる部分のみならず、他士業や士業以外と連携して顧客の経営課題といったより上位の問いにアプローチする動きも含まれていくでしょう。
まとめ
ChatGPTの登場により、士業には、アウトプットを想像した上で顧客の問いを適切に成形し直すこと、そして、シームレスに視点を行き来した上での提案が求められるようになる、と私は思います。
顧客の課題の上流と下流を行き来したり(垂直的移動)、異なる立場からの視点に立ってみたり(水平的移動)して、より良質な問いを立てて、世界がよりよくなるよう、必死でくらいついていきたい。それがChatGPT時代の幕開け地点に立っている、いち士業の所感です。
参考文献
GPT-4時代のエンジニアの生存戦略
エンジニアと士業はよく似ていると思うので、そういった観点からも参考になると思います。
プロンプトエンジニアリングガイド
プロンプトエンジニアリングガイドの日本語版が出ていました。
不格好経営
スラムダンクと並んでいつも勇気を与えてくれる本です。
『「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる』は、クライマックスでの山王工業の堂本監督の言葉ですが、R25のインタビューで広瀬香美さんは、「どうせ後でやっつけなくちゃいけないなら、課題が現れた時点で攻略法を見つけちゃったほうが絶対いいんだよね。」と語っています。なんでも早めに試してみた方が勝ちだな、という要素は、仮説検証がしやすくなる世界では一層強まるなと思いました。
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