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イーディス・ウォートンが描く、砂漠の宮殿での恐怖譚。
「ビロードの耳あて イーディス・ウォートン綺譚集」には、「夜の勝利」「眼」など、男同士の登場人物のあいだにセクシュアルな雰囲気がほのかに漂っているものがいくつかあるのだが、なかでも、「一瓶のペリエ」では、それが濃厚になっている。
考古学の研究をしている若者メドフォードは、イギリスの友人ヘンリー・アーモダムが住む砂漠の宮殿に招かれる。
しかし、訪れてみるとアーモダム本人は用事ができたため出かけており不在である、とのことであった。
メドフォードは、従僕と、何人かの下働きの人間しかいない宮殿で、くつろぐ。
緑の葉、水、椰子の木の下の籐細工の椅子。
メドフォードとアーモダムの出会いは、この前年の冬のことであった。
知人の家のテラスでナイル川を見下ろしながら一緒に食事をしたときに、砂漠の宮殿を訪ねてくるよう誘われたのだ。
・・・それなのに、そのアーモダムがいつまでも、帰ってこない。
何かおかしいと感じたメドフォードは、彼のことをイギリス人の下男のゴスリングにたずねてみる。
しかし、彼と会話をしているうちに、メドフォードは驚くべき事実を知る。
その下男はアーモダムの宮殿で12年近く働いているのだが、なんとそのあいだに、休暇を1日も、もらっていないというのだ。
「一度も離れたことはありません。アーモダム殿に初めて連れて来られてから一度も」
「何てことだ。一日の休みもなく?」
「一日もです」
いつまでも帰ってこない主人、いるのかいないのかよくわからないアラブ人の下男たち(ある少年などは、メドフォードが近づくと、「一筋の蒸気のように姿を消し」てしまったりするのだ)、そして、ゴスリングの境遇など、読んでいる途中で、これはすべてメドフォードの妄想ではないだろうか?と思ってしまった。
それこそ、砂漠の蜃気楼のようなもので、実ははじめから、メドフォードは誰にも誘われていないのではないか?
アーモダムも、ゴスリングも彼以外の下男たちも全員、はじめから存在しないのでは?と。
しかし、そうではなかった。
最後に、ゴスリングの口から語られる、ことの真相。
そして、メドフォードが砂漠の宮殿へやってくる前に、アーモダムが口にした台詞!
ここまで読んで、さまざまなことが頭の中を渦巻いた。
そもそも、ゴスリングとアーモダムはどのようにして知り合ったのか?単純に、主人と下男、という関係だったのか?
もし、メドフォードとアーモダムがこの宮殿で会っていたら、メドフォードは、いったいどうなっていたのだろう?
10年以上、1日も休みをもらえず砂漠の宮殿で働き続けたゴスリングの歳月を思って、眩暈がしそうになった。
ラスト近く、譫言のようにペリエのことを口にするゴスリングが、あわれでならなかった。
この、イーディス・ウォートンの作品集を読んでいて思ったのだが、ここに収録されている話のいくつかを、波津彬子が漫画に描いたらさぞや素晴らしいだろう、ということ。
先にあげた「夜の勝利」は、ある若者が、ひょんなことから泊めてもらうことになった屋敷で恐ろしい体験をするという話なのだが、その屋敷では、真冬だというのにいたるところに花が美しく飾られているのだ。なぜ、そのように花だらけなのか意味がわからないのだけど、その、わからないところが、また怖い。
外では大雪が降っているというのに、屋敷の中は花だらけ、という絵を、波津彬子が描いたら、どんなに美しいだろう、と思ってしまった。
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