フェリーニ 『8 1/2』 と大岡昇平『野火』
フェリーニの8 1/2 をこの夏に観た。
はじめてのフェリーニの作品です。
この映画は、
「記憶」や「回想」を描いてるから
余計そう思うのかも知れないけど、
とてつもなく、懐かしい…
という気持ちが沸き起こってくる映画でした。
浜辺にいる浮浪者みたいな女性の髪の絡まりとか肉体の豊満な感じ、スカートの短さ、不潔なんだけど女の魔力持ってるのを自覚してる感じ。
少年の憧れや性的好奇心。
人は完璧な人だから惹かれるわけじゃなくて、暖かい泥につつまれる幸せがあるように、何でもありで許してくれる存在に惹かれる部分があるんだ。
そして人生に悩み
苦しくなるほど、どうにもならない自分。
それを包み許してくれた人々が
いくつもの出逢いの回想で出てきます。
沢山の出逢い。
時にはうとましかったり、逃げだしたくなるような関係だったりもします。
終盤に向かって、回想は高まっていって、
最後みんなで手を繋ぐダンスのシーンになっていく。
本当に胸がいっぱいになる素晴らしい映画でした。
一回目にみた時はそう思いました。
その後に、大岡昇平『野火』を読み、
フェリーニ 8 1/2 の既視感が起きる。
それは『野火』の主人公が瀕死になって、
今まで出逢った全ての人が懐かしくなるという感情になった場面です。
いい人も嫌な奴でさえも。
『野火』を読んで、
フェリーニ 8 1/2 が、死を描いている映画
死ぬ間際に見ている世界を描いている映画なんだなってすっと、頭の中に秋風が吹き抜けたように理解出来た。
あぁ、フェリーニの8 1/2 主人公は亡くなってしまったんだなと。
両作品とも、死に近づくことを強く感じさせる作品です。