舞に酔いしれる妖精たち:最もメンデルスゾーンらしい音楽
シューマンやショパンのロマンティックな音楽はまさに病的ですが、メンデルスゾーンの音楽は非常に健康的。わたしは彼の作風を「健康的なロマン主義」とゲーテの言葉に矛盾する表現で言い表しますが、「現実世界にはないものを追い求める、現実に手に入らぬものを探し求める」というロマン主義の特徴にメンデルスゾーンがそぐわないのは、富・名声・才能の全てを生まれながらに持っていた彼の人生には病的な苦悩は無縁だったから。
何でも持っていたので何も求める必要がなかったメンデルスゾーンの人生の主要動機は「幸福な人は誰にでも親切である」という他者への好意。育ちが良すぎるのも問題なのかも(笑)。
病的な要素の欠如がメンデルスゾーンの音楽の不人気の主因なのですが、それでもメンデルスゾーンがドイツロマン主義を体現する大作曲家なのは、古典的な健康美を誇るシェイクスピア喜劇のようなファンタジーを音楽にすることができたから。
幻想的な森を音楽で最初に表現したのがカルロ・マリア・フォン・ヴェーバーならば、メンデルスゾーンはヴェーバーの正統なる後継者。オペラ「オベロン」を書いたヴェーバーの衣鉢を継いだメンデルスゾーンは妖精王オベロンではなく、王に仕えるトリックスター、ホブゴブリンのパックを音楽において永遠化したのです。
劇付随音楽「夏の世の夢」と序曲は、私見ではメンデルスゾーンの最高傑作。これほどにメンデルスゾーンらしさと彼の魅力で溢れている音楽は在りません。クラシック音楽に無縁でも誰でも知っている壮麗な「結婚行進曲」、明るい月夜の「ノクターン」にソプラノが歌う可憐な「妖精の歌」など、いいとこのお坊ちゃんであるメンデルスゾーン以外には決して書けなかった不滅の音楽です。
なかでも最もメンデルスゾーン的だと思うのがパックのダンスを表現したスケルツォ。初期ロマン派の音楽家シューマンやショパンやリストなどはそれぞれ独自のやり方でリズムを活かした音楽を書きますが、スケルツォの原義「諧謔」という言葉に最も忠実な音楽が書けたのがメンデルスゾーンでした。無邪気なほどに軽やかに優雅に舞う音楽こそが最もメンデルスゾーンらしい音楽。
紹介した動画はミュージックビデオとしてなかなかの出来。最初はラフマニノフによるピアノ編曲版を選んだのでしたが、この動画の動物たちや妖精の踊りが素敵だったので、この動画にしました。
「夏の世の夢」はいろんな作曲家によってバレエになっていますが、以前見た舞台ではクライマックスでメンデルスゾーンのスケルツォが突然登場して劇場は大きな笑いに包まれました。妖精パックのための音楽の最高傑作、何度聴いても楽しくなって知らずに体を揺らしてしまう。生きていることは純粋に肉体的な喜びなのだということを思い出させてくれる最良の音楽です。
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