モーツァルトの新曲、続々報
モーツァルトの新発見のセレナード「ガンツ・クライネ・ナハトムジーク」に関する投稿、三度目です。
これが最後になります。
非常に珍しいクラシック音楽の世界的な話題ですので、ようやく日本のメディアにも登場。
こちらの記事で日本のNHKが
と報道されたことを知りました。
「国際モーツァルテウム財団」のウルリッヒ・ライジンガー博士が、ライプツィヒの図書館で一年前にこの曲を発見。
モーツァルトのお姉さんナンネル(ナンネルル)がドイツの出版社にある作品を送ったという記述を見つけたそうで、博士は「ガンツ・クライネ」こそがお姉さんが語った、出版社に送られた後、行方不明となっていた音楽なのだと、一年かけて検証して決定づけたというのが事の顛末なようです。
自筆譜ではない、第三者によるコピー楽譜のために、音楽のスタイルなどを検証しなくてはならず、鑑定には時間がかかったのでした。AIが検証に役立ったのかもしれません。
詳細な発見経緯がわかってよかったです。
でもNHKの報道には問題あり。
世間の耳目を集めたいがためか、この曲は9歳のモーツァルトによる曲だと断定。
1765年に作曲されたのならば、確かに9歳。
でも神童として欧州各地を回った大旅行を終えて、故郷ザルツブルグに戻った1765年(9歳)から次のイタリア旅行にゆく1769年(13歳)までの間に作曲されたと推測されているわけで、1765年であると決まったわけではないのです。
ザルツブルグ帰国中のどの時期に書かれたのかを決める要素は見つかってはいないのです。
もしかしたら、パパモーツァルトのヴォルフガングの子供時代の作品目録に記されているのかもしれません。だとすれば9歳の作品でしょう。でも、この点に関して情報がありません。
前回書いたように、失われたチェロ協奏曲のことなどまで網羅した作品目録のことです。
楽譜はCCBY4.0として、世界中の音楽家が演奏できるように、著作権フリーの古典音楽の楽譜が一堂に会するIMSLPにアップロードされて、全ての楽譜を誰でも無償でダウンロードして読むことが可能です。
従って、ライプツィヒ初演時の学生たちによる演奏ではなく、音楽演奏のプロによる世界初演の録音がYouTubeから鑑賞することもできるようにもなりました。
次の動画は、古楽器演奏のプロフェッショナルたちによる、1760年代の音を再現する素晴らしい演奏です。
18世紀半ばの弦楽器には、ガット弦と呼ばれる家畜の腸をひも状にしたものを干して固めた弦が使われるのですが、この録音は粗いガット弦の響きを堪能することができます。楽譜付き。
ちなみに、世界初演のヴァイオリンを担当されているのは、日本人の篠山春菜さんです。
映像付き動画もあります。
モーツァルトの生地であり、この曲が作曲されたザルツブルクの「国際モーツァルテウム財団」(Internationalen Stiftung Mozarteum)、つまりライジンガー博士の本拠地なので、この演奏が正式な世界初演ということになっています。
学生さんの演奏は、プロの演奏のレヴェルには遠く及ばないものでしたからね。ライプツィヒでのお披露目演奏は世界初演としてはカウントされてはいないようです。
通奏低音のチェンバロ付きなのが興味深い。
楽譜は弦楽三重奏のスタイルなのですが、1760年代ではこういう曲は低音楽器のチェロの補足としてチェンバロも使われるものだったのでしょうか。
古楽器演奏の最新の研究に基づく演奏様式だとすれば、面白い。
作品ですが、もし九歳の頃(1765年)の作品だとすれば、おそらくモーツァルト最初のセレナード。
ここから、死の四年前の1787年の最後のセレナード「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」まで、22年かけて、モーツァルトのセレナード音楽は進化してゆくわけです。
「アイネ・クライネ」はのちにソナタ形式のお手本として知られるようになるほどに形式的に「完璧な」作品です。
実はこの「アイネクライネ」にしても、モーツァルトの生前には出版されず、夫が死んで夫の負債の返済に追われていた、寡婦コンスタンツェが1799年に出版社に送って、その後行方不明となり、1827年になって(ベートーヴェンの死んだ年)初めて出版されて、世界に知られるようになったのです。
「ガンツ・クライネ」と「アイネ・クライネ」、なんだか発見された事情までよく似ています。こういう面も考慮されたうえでの、そっくりなネーミングなのでしょうか。
ですので「アイネ・クライネ」はベートーヴェンもシューベルトも知らなかった音楽なのでした。
映画「アマデウス」(1984)には、次のような印象的な場面があります。
老いたサリエリが罪の告白を聞きにきた神父さんに、忘れ去られてしまった、かつては人気だった自作のメロディを聞かせても、神父さんはどれも知らない。
そこで最後にサリエリは急に「アイネ・クライネ」の一節を奏でるのです。
落ち込んでいた神父さんはここで目の色を変えて、この曲は知っているとメロディを歌い出して、魅力的な曲だと褒め称えるのですが、あの場面は完全にフィクション。
実は史実的には、神父さんがこの曲を知るはずもないのです。
サリエリがカソリック教徒にとっての大罪である自殺を試みたのは、1823年のことでした。
その後、精神病院に収監されてしまうのは歴史的事実です。
でもその頃、「アイネ・クライネ」は全く知られていなかったのです。
わたしは映画「アマデウス」を英語学習の教材として、少なくとも二十回は見て、ほぼすべてのシーンの英語のセリフを覚えてしまったほどに大好きなのですが(完全版のDVDを持っています)この映画は時代考証が立派なようでいても、実は半分ほんとで半分嘘の、間違いだらけな映画です。
間違い探しをできるくらいに、ほんとの部分がしっかり作りこまれているからこそ、名作映画なのですが。
「ガンツ・クライネ」に戻ります。
楽譜を見てみると、たしかに非常に若いモーツァルトの作品だと納得しました。
わたしはフルートを吹いていたので、モーツァルトがロンドン時代にクリスティアン・バッハと一緒にいたころ(1674年)に出版された
という作品を暗譜していたほどに非常に親しんでいるのですが、音楽のフレーズ、リズムパターンなどが非常によく似ています。
まるでデジャヴな感じ。まあほんの少しですが。
だから「ガンツ・クライネ」、1765年の可能性も無きにしもあらずでしょうか。
誰だって似た手法を何度も書いて書き直して、創作は進歩してゆくのです。努力の天才モーツァルトも同じ。
でも進歩のレヴェルが凡人とはかけ離れているわけです。
K.13はわたしのお気に入りです。何度も吹いて今でも諳んじているほどの懐かしい音楽。
こちらはK.14。ピッコロの達人ボーマディエによる超美演。
凄い超絶技巧による音のコントロールです。わたしはピッコロも吹きますが、この抑制され切った澄んだ音色には聞き惚れてしまいます。
さて以上のように、神童時代のモーツァルトの作品は後年の深化したモーツァルトの音楽とは全く違うのですが、やはりとても魅力的。
モーツァルトが好きだと言う人でも、ケッヘル番号二ケタ台の音楽に親しんでいる人はあまりいないと思います。
良い機会ですので、神童モーツァルトの作品を楽しんでみるのも一興かと。
フルートソナタ六曲のあとが、クリスティアン・バッハの交響曲を真似て書かれた、モーツァルト少年(1764年:8歳)による交響曲第一番k.16です。
この曲はモーツァルト・ファンにはとても有名。
記念すべきシンフォニー第一番ですから。
後年のジュピターのテーマが第一楽章に含まれているため、何度聴いても楽しくなるのです。
「ガンツ・クライネ」なんていう、こんなマニアックな音楽が世界中で話題になっていることがとても嬉しいです。
最後に、映画「アマデウス」はいいですよ。
若い方でまだ見たことない知らない(生まれる前の映画だからとか笑)と言われる方は是非、ご鑑賞ください。
アカデミー賞総なめにした、世紀の名作です。
ニ十回以上見ても、わたしはいまだ、この映画に飽きることがないのです。
ちなみに主人公はモーツァルトではなく、モーツァルトの天才に嫉妬する、当時もっとも人気作曲家だった宮廷作曲家アントニオ・サリエリです。
だから、普通の伝記映画ではないために、何度見ても心動かされるのです。
お勧め度:★★★★★
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