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英語詩の言葉遊び(2):Off with his head!

世界的に知られている児童文学の大傑作「不思議の国のアリス」の中で最もよく知られたセリフは何でしょうか?

古典となった名著には暗誦するに相応しい名言に溢れていることが多いのです。

時にはそうした優れた言葉があなたの座右の銘にさえなることもあります。

いや、言葉ではなく文章。

名言の良いところは文章だから。単語ではありません。

何かを覚えようとしても、単語一つを単独でいつまでも覚えておくことなんて無理です。でも文章としてならば、さらにはある文脈の中でならば、よりよく覚えていられるのです。いつまでも忘れません。

言葉は名言の中でこそ輝きを放つのです。

「不思議の国のアリス」も丸暗記するに相応しい数々の名言の宝庫… と言いたいところですが、前回紹介した教訓狂いの公爵夫人のような人物が出てきて、教訓大好きなアリスの書かれたダブルスタンダードだったヴィクトリア時代が揶揄されたりするほどなので、人生に役立つような教訓を作者は特に盛り込んだりはしていません。

作者の姿勢は「教訓なんてナンセンスだ」なのですから。

アリスの文学的価値はひとえに言葉遊びがあります。

「不思議の国のアリス」の続編の「鏡の国のアリス」には、ユニークな引用として次のような言葉があります。

やたら気弱なチェスの白のクイーンの言葉。

「時折り、わたしは朝ごはんの前、
できそうもないことを六つもできると信じることもあるわ」
名言として、この言葉、
画像のように額に入れてユーモアとして壁に飾られることもあり人気です。
荒唐無稽なことが出来ると毎朝空想することは
人生を豊かにしてくれるかもしれません
夢みる大切さを教えてくれる言葉?

ありえないこと、とんでもないこと、というのはアリスの世界そのものなので、なかなか含蓄に富んだ言葉なのかもしれません。

Impossibleはある意味、アリスの物語のキーワードなので、1951年のディズニー版「不思議の国のアリス」には次のような言葉遊びの会話が登場します。

原作にはないものです。

小さくなったアリスはどうすればドアを通り抜けられるのか、ドアに尋ねると(不思議の国なのでドアも喋れます)

Alice: I simply must get through! 
Doorknob: Sorry, you're much too big. Simply impassible. 
Alice: You mean impossible? 
Doorknob: No, impassible. Nothing's impossible.
アリス:  わたしはただここを通ってゆかないといけないの
ドアノブ:悪いけど、あんたは大き過ぎるよ。全然Impassible
アリス: あり得ない、できない Impossibleって意味?
ドアノブ: いいや、Impassaible不可能なことなんてないさ

通り抜ける (Pass) こと (-able) はできない (Im) ので、Impassible。

通常、この言葉は「無痛の、無感覚の」という医学用語ですが、そんな言葉は子供は普通は使わないので、アリスは知らないし、こんな造語があってもかまわなそうです。

無理やりこの場では、Im-passible 「通れない」という意味にしています。Imはもちろん、否定の接頭辞。否定の接頭辞には、In, ir, il, un, um, a などいろいろありますが。

Impassibleという造語を導いて、ここからNothing's impossibleというシャレにつなげているのです。

ルイス・キャロル風なありそうなディズニーの素敵なアドリブですね。

2010年のティム・バートン監督の「不思議の国のアリス」でも、婚約者を前にしてアリスは、亡くなったお父さんの話として、アリス自身が原作の白のクイーンのセリフを少し変えて語ります。

この映画はアリスが大人になって不思議の国へ帰るという物語なので、オマージュとして見ればとても楽しく出来ています。原作よりもすっとダークですが。原作を知っているとますます面白い。そうでなければわからないかも。

My father said he sometimes believed as many as six impossible things before breakfast.

また映画後半、物語を締めくくる場面でキーワードとして再び出てくるのです。映画は「鏡の国のアリス」の作者自慢の創作詩が物語の革新となりますので、また次に語ります。

不思議の国のアリス」の最も知られた名言

ルイスキャロルの誰もが知る最高の名言はやはり次のこれでしょうか。迷言かもしれませんが、これを知らない英語ネイティブはあまりいないのでは

「あの連中の首を刎ねよ」
Off with his head, Off with her head, などなど
ハートの女王の口癖は「○○の首を刎ねよ」
気に入らないと処刑を命じる酷い女王ですが、
作中で実際に誰も処刑されることはありません
口だけで命令は全く実行されない、ある意味哀れな女王様です

英語世界ではこの言葉を聞くと、誰もがアリスを思い出します。それくらいに広く知られている言葉。

シェイクスピアの長大な史劇「ヘンリー六世」の中で、捕らわれたヨーク公リチャード・プランタジネットは宿敵マーガレット女王に次の有名なセリフで罵ります。

O tiger's heart wrapt in a woman's hide! 
女の皮を被った虎の心(を持つ酷い奴)

そしてリチャードの悪態を聞き終えた後、女王は次の言葉を放ってリチャードにとどめを刺すのです。

Off with his head, and set it on York gates; 
So York may overlook the town of York.
こいつの首を刎ねて、ヨーク市の城門に掲げよ
それでヨーク公はヨークの街並みを眺めることができるであろう

中世イギリス史を紐解くと、本当にたくさんの人の首が斬られ、処刑執行人はこの言葉を合図として、メアリー・スチュアートやヘンリー8世王妃キャサリン・ブーリンなどの王侯たちの首を切ってきたと言われています。

ですが、この言葉が人口に膾炙するようになったのは、「不思議の国のアリス」が1865年の出版時にベストセラーとなってからのことです。

Off with her head はハートの女王の言葉として広く知られています。

揶揄ったり、悪戯をした仲の良い相手に、ふざけてこの言葉を使うといいですね。

「あいつはひどい奴だ、あやつの首をちょんぎってしまえ!He’s too naughty. Off with his head!笑」

Off with her head!「こやつの首を切れ!」

前々からこのセリフ、気に掛かっていたのは、文法的にどこか変だということ。

Off という言葉はもちろん英語の日常語ですが、品詞的には何でしょうか。

独立節や動詞に伴われる前置詞 Preposition

前置詞として、動詞と一緒に使用されて、

  • Put off

  • Take off

  • Go off

  • Get off 

として使われます。

Off the road「道から外れて」やoff campus 「大学の外で」も前置詞としてのOff。

述語説を作り、名詞を形容する形容詞 Adjective 

またBe動詞とともに使われるならば、普通は形容詞。

He is off today
彼は今日はお休みだよ

名詞の前について形容することも

It is his off day. 
彼の休養日だよ

動詞を補助する副詞 Adverb 

副詞としても

He took a day off 
彼は休暇を取ったよ
この場合はDay=offという関係なので、文法的には目的補語
SVOOの文型です

では Off with his head の場合は?

動詞のOff

Cut off his head という形ならばきわめて普通の命令形ですが、動詞 Cutが省略されているとすれば不自然です。

Off his head は彼の頭から離れてという意味で、動作は伴わないのです。

そこで英語学の権威オックスフォード辞典を調べてみると、やはり書かれていました。

他動詞として使われます

Offは動詞にもなるのです。

語源的には形容詞から派生したそうですが、Off withはユーモアある言い回しという注釈がついています。例文は「不思議の国のアリス」第八章の女王の言葉。

さて女王が何度、Off with... という言葉を使うか数えて見ると、合計で十回。登場するたびに口にしているので、本当に口癖です。

スザンヌ・ヴェガの「兵士と女王」

ここまで女王様の「首を切れ」という口癖について書きながら、ある古い歌を思い出しました。

「英語詩の言葉遊び」と題した投稿なので紹介しておきます。

この歌の女王が最後に命じた言葉はきっと

Off with his head 

銃殺だとしても、どこか古風に目に涙を湛えながら

Off with his head

処刑執行人は理解したはずです。

孤独な女王はアリスの中の誰も愛していない誰にも愛されない女王と同じ。

スザンヌの歌もアリスの世界から生まれた歌だったのかもしれません。

詩の言葉は単純ながら、キチンと韻を踏んだ正統な英語の言葉。シンガーソングライターとして知られたスザンヌらしい詩。

1990年代にアコギ一本で弾き語る彼女の世界に引き込まれて以来、忘れられない曲です。

この曲が書かれた後に生まれた若い人たちにも聴いてほしい曲ですね。わたしが初めての海外留学を前にした高校生の頃に大好きでした。

韻を踏んでいる部分を太字にしておきます。

シェイクスピアが好きだった Iambic 弱強歩格のバラード。五歩格ではないですが。

平易な言葉だけで綴られていますが、文学的にも良い詩です。小さなドラマ。感動とは少し違うけれども、いつまでも忘れられない物語

The soldier came knocking upon the Queen's door 兵士は女王の部屋の扉を叩いた
He said, "I am not fighting for you any more" 「自分はもう貴女のために戦わない」と彼は言った
The Queen knew she'd seen his face someplace before 女王は以前、どこかで彼の顔を見たことがあり、彼を知っていた
And slowly she let him inside そしてゆっくりと彼女は彼を招き入れた

He said, "I've watched your palace up here on the hill 彼は語った「丘の上から宮殿見ていて
And I've wondered who's the woman for whom we all kill どんな女王様のために自分たちは殺し合いをしているのかと思いを巡らしていた
But I am leaving tomorrow and you can do what you will 自分は明日戦場を去ることにします。だがあなたは自分が望むことを何だって出来る
Only first I am asking you why" これが初めてのお願いです、どうしてか教えてくださいませんか」

Down in the long narrow hall he was led 狭くて長い回廊の奥へと導かれると
Into her rooms with her tapestries red 女王の部屋には赤い絨毯が敷き詰められていた
And she never once took the crown from her head そして女王は一度たりとも王冠を取ろうとはしなかった
She asked him there to sit down 彼女は彼にそこに座るように促した

He said, "I see you now, and you are so very young 彼は語った「今こうしてお目にかかると貴女はとてもお若い
But I've seen more battles lost than I have battles won ですが、わたしは勝ち戦よりも多くの負け戦を見てきました
And I've got this intuition, says it's all for your fun だから直感で分かります、この戦いは全く貴女の楽しみのためになされていると
And now will you tell me why?" いまどうしてなのか教えていただけませんか?」

The young queen, she fixed him with an arrogant eye 若い女王は傲岸な眼差しで兵士を見つめた
She said, "You won't understand, and you may as well not try" 彼女は言った「お前には分からぬ、分かろうとしない方が良いであろう」
But her face was a child's, and he thought she would cry だが彼女の顔は子供のままで、兵士は童顔の彼女が泣き出すのではないかと思った
But she closed herself up like a fan しかし彼女は泣き出しそうな心を扇のように閉ざしたのでした

And she said, "I've swallowed a secret burning thread そして彼女は言った「わたしは人に言えぬ炎のような思いを内に抱いている
It cuts me inside, and often I've bled" それはわたしをうちから切り裂き、身を切る苦しみに疼くこともよくあることだ
He laid his hand then on top of her head 兵士は手を女王の頭の上に置いた
And he bowed her down to the ground そして彼女の前の地べたに跪いた

"Tell me how hungry are you? How weak you must feel 「教えてください、貴女はどれほどに飢えていて、どんなに無力だと感じるかを
As you are living here alone, and you are never revealed 貴女はここで一人で暮らし、決して我々の前に姿を現さないように
But I won't march again on your battlefield" 自分は戦場を行進することはもうしない」
And he took her to the window to see. そして彼は彼女を窓辺に連れていった

And the sun, it was gold, though the sky, it was gray 黄金の太陽を見せるために、灰色の空だったけれども
And she wanted more than she ever could say そして彼女は自分が口にできる以上のことを彼のためにしてやりたかった
But she knew how it frightened her, and she turned away でも彼女はそうすることがどれほどに恐るべきことかを知っていて、彼女は顔を背けた
And would not look at his face again それから彼女は彼の顔を二度と見ることはなかった

And he said, "I want to live as an honest man そして彼は言った「自分は正直な人として生きたい
To get all I deserve and to give all I can 自分に見合うものを得て、自分のできる全てを与えたい
And to love a young woman who I don't understand 自分には理解できない、ある若い女性を愛するために
Your highness, your ways are very strange" 女王陛下、貴女のやり方は全然間違っている」

But the crown, it had fallen, and she thought she would break しかし落ちた王冠は、彼女は壊れてしまったと思ったけれども(王冠には君主、女王の意味もある: つまり女王は兵士のために心が砕けてしまったと思ったけれども、という意味もかけてある)
And she stood there, ashamed of the way her heart ached 彼の言葉に胸が痛んだことを恥じらいながらも彼女は耐えて
She took him to the doorstep and she asked him to wait 兵士を部屋のドアの入り口まで連れてゆき、そこで待つように命じた (achedとwaitは母音ei だけが一致した不完全韻、Imperfectやslant, obliqueと呼ばれます)
She would only be a moment inside 彼女はほんの少しの間だけドアの内側にいただろうか

Out in the distance her order was heard ドアの向こうの遠くで女王の命令が下された
And the soldier was killed, still waiting for her word そして兵士は殺された、女王の言葉をなおも待ちながら
And while the Queen went on strangely in the solitude she preferred そうして彼女の好んだ孤独の中でいつまでも女王は傍目にはおかしく心を閉ざしたまま
The battle continued on 戦いはいつまでも続くのだった

Off with his head の真意は、もしかしたら「泣いて馬謖を斬る」なのかもしれませんね。言葉とは文脈の中で輝きを変えてゆくのです。

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Logophile
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