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絶望を乗り越えるクラブマネジメント
スポーツ業界は近年、組織としての成長や発展が求められる一方で、人材育成やビジネス面での課題が山積しています。私自身、この20年間でさまざまなクラブの現場を見てきましたが、その中で強く感じてきたキーワードが「言語化」です。どれほど優秀な指導者やスタッフが集まっても、考え方や方針が曖昧なままだと、クラブ内に絶望的な状況が生まれてしまいます。この記事では、クラブマネジメントが陥りがちな「絶望」と、それをどう乗り越えていくかを語りたいと思います。
クラブあるある:絶望的な状況
「なんでわかんねーのかな、アイツ全然ダメ」
「〇〇さん、俺たちに文句ばっかり言って、何がしたいかわからない」
ベテランスタッフは若手スタッフの未熟さを嘆き、若手スタッフはベテランスタッフの理不尽を訴える。このようなクラブの風景、あなたも見たことがあるのではないでしょうか。もし、今いるクラブがこの状況に当てはまるなら、それは組織としてのコミュニケーションが機能していないサインかもしれません。
指導編:方針が合わない絶望感
「指導方針が合わない」という事態は、よほどのことがない限りはめったに起こりません。しかし、まれに「サッカー観」が根本から異なるスタッフ同士が同じクラブに在籍しているケースがあります。十人十色とはいえ、まるで別のクラブのように指導方法や目指すスタイルが異なると、選手が翻弄されてしまい、結果的に被害を被るのは選手です。
なぜこうなるのでしょうか。一つの原因として、クラブとしての指導方針やゲームモデルが定まっておらず、それを統率するリーダーも不在であることが挙げられます。クラブ全体の方針が明確でない以上、スタッフ各自の経験や考え方に頼るしかなくなり、組織として統一感が生まれません。こうなってしまうと選手は戸惑い、さらには保護者や地域の理解も得にくくなるため、結果的にクラブの評価にも影響が出てしまいます。
ビジネス編:収益事業の葛藤
次に、街クラブや地方の小規模Jクラブなどが抱える「ビジネス面」の絶望的な状況です。これらのクラブは指導だけでなく、収益事業も同時に担わなければなりません。そのため、現場の指導に加えて集客やスポンサー対応など多岐にわたる業務をこなす必要があります。
ベテランスタッフ:若手に具体的な指示を与えず、「何か考えろ」と言うだけ。
若手スタッフ:何をどう動けばいいかわからず、ただ指示を待つだけ。勝手に提案しても叱られ、動かなければ文句を言われる。結局は単純作業ばかり任される。
このような状況はサッカークラブだけでなく、一般企業でも珍しくありません。ベテラン側も悪気があるわけではなく、「自分が経験してきたように若手も成長してほしい」と考えているだけの場合も多いのです。しかし、若手にとっては「OJT」という名の無茶ぶりに近いものであり、目標や評価基準が曖昧なために、自分が何をどう頑張ればいいのかがわからない。まさに「絶望的な若手殺し」といえるでしょう。
根本原因 コミュニケーションと言語化の欠如
これらの絶望的なシチュエーションの原因を探ると、結局はコミュニケーション不足や、指導方針・ビジネス方針の「言語化」の欠如に行き着きます。サッカーのスタイルやクラブの理念について、お互いが何を考えているのかを言葉にして伝え合わなければ、誤解や衝突が生まれて当然です。
近年指導現場では、サッカーの原理原則が日本サッカー協会の取り組みを通じて普及し、海外の最新理論もSNSを通じて素早く共有されるようになりました。指導論が「言語化」され、共通言語が増えた結果、日本代表のレベルアップにつながったというのは周知の事実です。
一方で、クラブやスポーツビジネスにおける収益化や運営ノウハウに関しては、まだまだ言語化が遅れているのが現状です。そのため、ベテランスタッフが感覚的に行ってきたことを新人に「背中を見て学べ」と言うだけでは、クラブ運営として長期的な成果が期待できません。
絶望を打破するには 理念の共有がスタート
では、こうした絶望的な状況をどうやって乗り越えればよいのでしょうか。私が考える第一歩は「理念の共有」です。クラブの存在意義や使命(Mission)、実現したい未来(Vision)、今取り組むべきこと(Concept)、そして判断基準(Value)。これらを明確に言語化し、クラブに関わる全員が理解できる状態にしておくことが重要です。
多くの企業やスポーツクラブが「企業理念」や「ミッション」「パーパス」を掲げていますが、それが形骸化してしまい、日常的な行動や判断に結びついていない場合も少なくありません。理念を発信するだけではなく、「具体的にどんな行動をとると理念に近づくのか」「どんな判断基準が必要か」をチーム内で共有し、継続的にブラッシュアップしていく姿勢が大切です。
人材育成=人財育成 言語化が未来を変える
日本サッカーの指導現場は、言語化によって大きく進歩しました。それと同様に、ビジネス面でも「言語化」や「仕組化」を進めることで、組織の成果を飛躍的に伸ばす可能性があります。若手スタッフが独り立ちできる環境を整えるには、ベテランがもつ経験やノウハウを明確に言葉にし、共有することが欠かせません。
もちろん、ベテラン側だけが一方的に悪いわけではありません。手探り状態でここまでクラブをマネジメントし、組織を維持してきたことは評価されるべきです。しかし、もし「絶望的」と感じる状況があるのなら、それを打破できるのは今いるスタッフ全員の意識改革と、言語化によるコミュニケーションの改善以外にありません。
クラブにとって価値あるスタッフを育成することは、長期的に見れば組織の財産につながります。単なる人数合わせではなく、新しいアイデアと行動力をもった人材をしっかりと育てる。そのためにも、まずは「理念を共有する」「考えを言語化して伝える」ことを始めてみてはいかがでしょうか。絶望を希望に変える鍵は、そこにあると私は信じています。
以上が、私が20年間のスポーツクラブの現場で感じてきた「絶望からの脱却」に向けた考え方です。言語化と理念の共有は、指導もビジネスもスムーズに進めていくための強力な武器になります。あなたのクラブが明るい未来を描けるよう、少しでも参考になれば幸いです。