「世界一の笑顔の瞬間を食でつくる」スポーツ栄養士からのアドバイス
「強い選手は、食事もトレーニングのひとつとして本気で取り組んでいる」。
たとえば、メジャーリーグで活躍するダルビッシュ有選手が、独学で生理学や栄養学を学んで食事面にかなり気を使っておられること。
サッカー日本代表やヨーロッパのリーグで活躍する長友佑都選手が、専属のシェフと契約して徹底した栄養管理を行っていること。
世界のトップレベルでプレーするプロ選手の多くが、自身のパフォーマンス向上のため「いかに毎日の食事を重視しているか」については、テレビなどでもよく取り上げられており、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
彼らのような成人のトップアスリートはもちろん、ジュニアアスリートにとっても、まだまだ成長途中にある身体を大きくするために必要な栄養素と、日々の活動のエネルギーを十分に摂取するためにも、しっかりとバランスの取れた食事をとることはとても大切です。
今回、アスリートの個別栄養サポートや国内外の合宿帯同、チームを対象とした栄養セミナーを開催するなど、様々な競技・年代のアスリートの栄養管理を専門に活動されている管理栄養士の喜多みのりさんにお話をうかがいました。
喜多さんが子どもの食事管理に悩む保護者の方に「いつもお伝えしている」という、たったひとつのアドバイスとは?
管理栄養士は、普段と異なる環境でも頼れる存在
<プロフィール>
喜多みのり(きた・みのり)。管理栄養士。株式会社ほおばる代表取締役。バスケ、ボクシング、サッカー、野球、ラグビー、陸上など様々な選手の個別栄養サポートに従事。国内および海外での栄養サポートを行う。
※記事中のお料理の写真は、すべて喜多さんが調理されたものです。
ーー喜多さんは選手の合宿にも帯同されるそうですが、栄養士さんによる合宿中のサポートとはどんな内容なのでしょうか?
喜多さん(以下、喜):選手たちは、たとえば「試合に向けて」とか、「ハードなトレーニングをするために」など、いろんな目的があって合宿を行います。私たちは、その目標に向けた「ピーキング」と呼ばれる食事調整を行います。
献立を考えるだけでなく、補食も含め実際の調理も行います。天気や練習メニュー、試合の予定、けがの回復など、目的や状況を考慮して食事を作ります。
また血液検査などのデータも取っているので、貧血になっていたり栄養素が足りていない選手がいれば、それぞれの状態に合わせて量や内容を調整するなどの対応を行います。
ーー食材の調達におけるポイントなどはありますか?
喜:食材選びの特徴としては、麹(こうじ)などの発酵食品を積極的に取り入れて「カラダの中から強くなろう!」というのをすごく大事にしています。合宿帯同にヨーグルトメーカーを持参して、ヨーグルトを手作りしたりもします。
選手から「どうしてもパンが食べたい」という希望があり、近くにパン屋さんもない状況・・・。「じゃあ、作っちゃえ!」と、米粉パンを作ったこともあります。選手たちからも好評で、おいしい!と喜んでいただけました。合宿帯同のサポートでは、何よりもまずは食事を楽しんでもらえるような取り組みを意識しています。
もちろん選手の口に入るものなので、責任をもって安全性の高いものを提供することも重要です。何かあってはいけないので、徹底した管理を行っています。
選手が自分で食事の計画を立てる際に、陥りやすい落とし穴
ーー「ハードなトレーニングをする期間」「試合の直前」など、時期による食事の摂り方について、どのようなアドバイスをされていますか。
喜:個人でサポートさせていただいているのはジュニア選手が多いのですが、ジュニア世代にけっこう"あるある"なのが、「計画がボロボロ」ということです(笑)。
「もうすぐ試合なのに、無茶な増量をしようとしている!?」とか、「どうしてそんな急激な減量をしようとするの!?」と思うような、無茶苦茶な目標設定をしてしまっている選手が実は多いのです。
喜:また、たとえば増量を目指している選手であれば「増量すること」がゴールになってしまっていたりする、というものもあります。本来「10kg増やすこと」がゴールではなく、「試合に勝つこと」が増量の目的なはず。でも、階級があるような競技ではないのに、試合がある月にようやくぴったり10kg増えるようになる計画を立ててしまっていたり・・・。
そうではなく、トレーニングや試合の時期に合わせてきちんとした目標を設定し、長期的な食事の計画を立てられるようにアドバイスを行っています。
ーー選手が自分で考えた計画を修正するためのアドバイスをする、ということですね。
喜:はい。ほかにも陸上の長距離選手だと、試合期にはエネルギーとなる「糖質を蓄えておく」というような調整が必要になってきます。そうすると、その期間はどうしても他の栄養素が少なく、糖質が多めに偏りがちになってしまいます。
そのため試合後は、ここ数日の糖質寄りに偏った食事で不足した栄養素を補い、リカバリーをして、すぐに次の試合に向けてコンディションを整えていく必要があります。が、終わったー!うぇーい!打ち上げー!みたいになってしまう選手も多いです(笑)。
レベルの高い選手でもそういうことはよくありますが、ジュニア選手になるとまだ成長期でもあり、かつ試合の回数も多く、1日に何試合も連戦するような日程であることも多いので、さらに食事の重要性が高まってくると考えています。
食事への取り組みの効果は、一朝一夕にあらず
ーー「試合当日の食事」に関して、ご意見を聞かせてください。
喜:食事への取り組みを始めて長くなってくると、取り組みを始めた当初に比べて試合当日の食事をコントロールする「効果」を感じるという声が多く聞かれます。
それはなぜかというと、消化・吸収能力などの「基礎力」、「普段からの体の整い方」が違ってくるからです。たとえば体の中がボロボロの状態では、どれだけいいサプリメントを飲んでもあまり意味をなさない。それと同様に、ベースとなる消化吸収能力が低い状態で試合前の食事だけ一生懸命取り組んでも、果たしてどれほど効果があるだろうか・・・ということになります。
そのため、食事に関しては試合当日だけ気を付けるのではなく、ある程度時間をかけて取り組んでいただきたいですね。取り組みを続け、経験を重ねるうちに、これを食べると力が出せるようになった、集中力が続くようになった、などというように「食事の力」を実感する選手が多いと感じます。
ーー個人差はあるとは思いますが、どのくらいの期間、食事への取り組みを続けるのがよいのでしょうか?
喜:血液の状態が変わるのに、約3〜4ヶ月かかると言われています。食事をしっかりと続けていくと、実際に3〜4ヶ月頃で貧血の改善など、血液データに変化が見られることが多いです。
そこからさらに3ヶ月、半年・・・と経過するとともに、「ふらつきがなくなった」「以前より練習に集中できるようになった」「結果が出てきた」というように、選手たちのパフォーマンスへとつながっていくと感じます。なので、「まずは、3ヶ月頑張って続けよう!」とお話することが多いですね。
食事面からジュニア選手をサポートする
ーー喜多さんはこれまでに多数のジュニア選手の栄養サポートをされているということですが、プロの栄養サポートを受けたい!と情報を求める保護者や選手は、やはり現状に何らかの悩みや問題を抱えておられるのでしょうか。
喜:以前、300人の方にアンケートをとらせていただいたのですが、やはり一番多いお悩みは「身体を大きくしたい」「線が細い」というような、増量に関するものでした。米やお肉を無闇にたくさん食べたところで身体が大きくなるわけでもないので、保護者の方も何を食べさせればよいのか・・・と悩まれることが多いのだと思います。また、「もっと身長を伸ばしたい」というニーズも多く聞かれます。
さらに、けがをしてご相談に来られる方も実はとても多いです。骨折、肉離れ、前十字靭帯断裂など、けがも様々です。これから入院して手術を受けることになりました、という方もおられます。
本当なら何かが起こってしまう前に対策をしたいのですが・・・けがをしてしまって、これはやばいぞ、と来られる方も多く、できる限りのサポートをしたいと考えています。
ーーけがをしてしまったときに「これからは食事を改善しよう」と考えられるのは、とても意識が高いように感じます。
喜:確かに、そうやってご相談に来てくださるのは意識が高い方が多いですね。トレーニングに関してはすでにチームにトレーナーさんがついているような状態で、そこに保護者の方が、親として「プラスアルファ」で何かサポートできることはないか?と探されていることも多いです。
ただ、お母さんたちの負担はできるだけ減らしてほしいと思っています。ご家庭の中で、親にしかできないサポートというものがあります。毎日コミュニケーションを取って、一番近くで支えているのはやっぱり家族だと思うので、そういう関わりに専念してほしい。
だから、「子どもの身体が今どういう状態だからどういう栄養素を摂らないといけないか」「今日の献立はどうしようか」などという悩みを一人で抱え込まずに、専門家をうまく使って負担をできるだけ減らしてもらいたいと思っています。1から10まで全てを親がやるのは本当に大変です。保護者の方には、親にしかできないサポートをしっかりしていただくことが選手にとっても良い環境になると考えています。
選手の保護者に一番伝えたいこと
ーーそんなジュニア選手の保護者の方へ、よくお伝えするアドバイスなどはありますか。
喜:私が保護者の方にいつもお話するのは、「ベストよりベターで!」ということです。これはずーっと言い続けています。
毎日、3食全て「ベストの食事」をしようとすると、もう3日くらいで疲れてきてしまいます。先ほどの話にもありましたが、食事によって身体が変わってくるには時間がかかるので、とにかく「続けること」が結果を出すために大切なのです。食事は何よりも継続が大事。だから、毎日完璧を目指さなくてもいいと思っています。
喜:ベターな食事をするためには、本当にちょっとしたことを心掛けるだけでいいのです。たとえば「ごまをふる」とか、「今まで何となく選んでいたけど、食品の裏を見て買うようになった」とか、「鶏肉ばっかりだったけど牛肉やお魚も食べるようになった」とか・・・そんなちっちゃな進歩が素晴らしいと思います。
まずはできることからやってみる。小さな「ベターの積み重ね」が、大きな結果に繋がっていきます。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、と思うのではなく、小さなステップをたくさん踏んでいるうちに、いつのまにかできるようになっていく。ぜひ、楽しみながらやっていただきたいですね。
ジュニア選手との関わり方のコツ
ーーもし、選手自身の理解が低く、本人があまりやる気でないときはどのようにされていますか。
喜:小学校2、3年生で、「やだ〜食事を頑張るなんて無理無理!ポテチ食べたい!」と転がっている選手なんかもいっぱいいます(笑)。まだ栄養が大事、とかはあまりわかっていない年齢でもあります。
そういうときは、まず選手みんな「夢がある」と思うんですね。たとえば将来海外でプレーしたい、プロ野球選手になりたい、とか、みんな何かのために頑張っている。そこへ向かうときに、ひとつの限界を超えていける手段として『食事』がある。解決策も伝えてあげられる。ただし、本人のやる気がなければやってもあまり意味がないことなどをお話します。
「本当に代表選手になりたいんだったらお手伝いできるけど、どうする?」って聞くと、「う〜ん、ポテチも食べたいけど、じゃあ頑張る。」ってなることが多いです。そこからがスタートですね。
ーー「頑張る理由」に意識を向けてもらう、ということですね。
喜:そうですね。「明日からポテチ全面禁止!」などと言うのではなく、「自分はどうなりたいのか」ということから始まると思っています。
サポートが始まっても課題を私のほうから設定することはほぼなくて、「じゃあ今月はこれを頑張ります」というように、自分で決めてもらうようにしています。選手自身が少しずつステップを踏みながら、段階を経て成長していけるように心掛けています。
特に印象に残っているのが、ある小学3年生の選手。最初は「ポテチ食べたい!」って言っていたのが、1年後、4年生になる頃には、自分で献立をたてて、自分でご飯を作るまでになりました。「自分の身体は今こうだから、こういうメニューがいいと思うんですが、どうですか?」と質問してきてくれたり。
成長段階には当然個人差がありますが、小学生は素直で吸収力がすごいですね。これから身体もどんどん成長していく時期に、体の中から整えていけるというのは、すごくよいことだと思います。
「世界一の笑顔の瞬間を食でつくる」
ーーここまで色々なお話を聞かせていただきましたが、スポーツ選手の栄養サポートのお仕事で、喜多さんが一番やりがいを感じることは何でしょうか。
喜:私が一番に掲げていることが、「世界一の笑顔の瞬間を食でつくる」ということです。
どんな選手にも、出場する大会があると思います。規模の大きいものだと、オリンピックやワールドカップなど。小さいものでいうと、小学生の地方大会など。
たとえばオリンピックで選手が活躍すると、その姿が世界中に配信されて、それを見た人が笑顔になったり、「また明日から仕事がんばろう」と思ったり、感動の渦に包まれたりします。「自分もこの競技を始めてみようと思った」という声を身近なところから聞いたりしたときに、私が陰でサポートをすることで、周囲の人や日本中の人を笑顔にできるんだと実感しました。
それは小学生の地方大会でも同じです。その選手が活躍することで、家族やチームメンバーが笑顔になったり、社会が元気づけられていく。この「やったー!」のガッツポーズの瞬間、みんなが笑顔になっている瞬間をたくさん作りたいなと思います。
選手が活躍している姿を見るのがとにかく快感で、どれだけ合宿が大変でももうやめられないです(笑)。
ーーとても素敵ですね。では最後に、今後の目標などがあればぜひ聞かせてください。
喜:「世界一の笑顔の瞬間を食で作りたい」といっても、私ひとりでできる数は限られているので、スタッフと一緒に、仲間として、チームとして、より選手たちが限界を超えていけるために、食で力添えができたらいいなと思っています。
編集後記:月の半分ほどは合宿に帯同されているという管理栄養士の喜多さん。お忙しい中、笑顔でたくさんのお話をしてくださいました。スポーツやトレーニングをされている人の中には食事や栄養について自分なりに勉強されているという方も多いかもしれませんが、今回お話をうかがって、ありとあらゆる要素を検討して食のアドバイスをされているプロの視点に敬服しました。喜多さんの作られたお料理はどれも彩りがよく本当に美味しそうで、たくさん写真を掲載させていただきました。喜多さん、丁寧にインタビューにお答えいただきありがとうございました。
取材・文/Yuko Imanaka
写真/すべて喜多みのりさん提供