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生一本
何もしていないように見えるかもしれない。
ハーフバースデーを迎えたばかりの彼は忍野八海で、水深8メートルの池の中を覗いている。
当然、魚か何かを見ているのかと思ったが、どうも視線が動かない。
その先を見やると、観光客が落としたらしき携帯電話が沈んでいた。
かと思えば、池の縁の苔や、ゴミを見ている。
彼にとっては生物も無生物も、綺麗も汚いも関係ないのだ。
ただ興味深いから、じっと見る。それだけで大人の何年分も学習する。
それ、ただのコンクリートの壁だけど。あぁなるほど、風化してできた模様が面白いのか。
そうか、ねこじゃらしの複雑な手触りが面白いんだね。
まっさらな目で見れば、どこにでも新鮮な驚きがあることを教えてくれた。
彼は何も心配していない。明日のことも、将来のことも。
ただ今日が楽しみで、今に全力投球している。疲れたら、寝ればいいだけ。
食い入るように池を見る彼の姿は、まるで生一本の職人のようだった。
2020年10月、山梨県・忍野八海にて。
ではでは。
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