地形の凸凹が生み出す多様性
<地形の凸凹が生み出す多様性>
日本のように造山活動や火山活動が活発な、地質学的に新しい地域のほうが生物多様性は高い。そこでは自然災害が頻繁に起こるものの、より多くの人口を養うことができる。一方、地質学的に古い場所(ヨーロッパやオーストラリア大陸など)は生物学多様性が低く、養える人口も限られてしまう。
海まで流れていってしまったミネラルはいずれ海底に沈み堆積岩となるが、それが大地に戻るにはプレート同士が衝突して隆起して陸となるか(造山運動)、マントルに吸収されて火山噴火によって火山灰か溶岩となって大地を覆うかである。この豊富なミネラルが豊かな土となり、生物を養う。
日本の地形図を見て分かるように造山運動と火山活動が活発なところではシワクチャで複雑な地形となる。これによって同じ温帯であるにも関わらず、同じ都道府県内にも関わらず、同じ敷地内にも関わらず場所によって気候が大きく変わることも珍しくない。
山が入り組んだ地形が微気候を作り出す。微気候は気候の多様性であり、植生の多様性を生む。太陽光、水分量、土の肥沃さや土質、風の通り道が植生を決める。環境のバラツキがあるだけ、種の多様性が生まれる。それぞれの微気候やエッジに適した植物が生えることで、自然遷移のスピードと植生の違いが生み出され、何もしなくても一年草から多年草、山菜から樹木まで幅広い植生が里山に見られる。
急峻な地形と豊富な雨量によって土砂崩れや洪水が日本列島では起きやすい。そのため安定した森林内にも定期的に自然攪乱が起き、地形に凸凹が生み出され、新たな微気候が生み出される。そこにはパイオニアプンランツを中心とした新しい生態系が生まれ、自然遷移の法則に従って植生が変わっていく。
日本人はその微気候を読み取り、その微気候にあった田畑や山林、湖沼をデザインし、利用してきた。それがモザイク状の土地利用となり、多様なエッジを生み出し、生物多様性を育み、多様な食文化を生み出すこととなった。
何が採れるのか、何が栽培できるのかが食を作り、ヒトの性格を作り、文化を作る。こうして文化の多様性が生まれる。日本語の方言が多様なのもまた、自然との関わりの中で言葉が生まれるからだろう。地域によってヒトの性格が話題に上がるのもまた、同様だ
動物たちにも同様に得意な空間と苦手な空間があり、食べられるものと食べられないものがある。微生物たちはもっと厳密に繊細に棲み分けられていて、ヒトが到底生きられないような極限環境地帯にも生息している。
同じような地形と気候内では資源が単一化しやすく、同じような種がその限られた資源を求めて、争いが起きる。しかし、多様な地形と気候内では多様な資源を生み出し、多様な種が生息できるため、争いは回避される。
ミネソタ大学のティルマンは「多様な種が共存する生態系ほど資源の利用効率が高く、生産性も高くなる。また養分の循環がうまくいくことによって土壌の肥沃性が安定的に維持される」ことを大規模な実験から明らかにした。
これは草地に限らず、森林内でも同じことが確認されている。一つの森に多くの個性が違う植物種が地表だけではなく、その上の地上空間でも、見えない地下空間でも、棲み分けている森林内では資源が有効に活用され、そして循環している。
地形の多様性は河川内でも適応される。河川には深いところ(淵)と浅いところ(瀬)、流れが速いところ遅いところがある。養分がたまりやすいところとそうではないところが生まれ、日当たりが良いところとそうではないところが生まれる。それによって棲み着く魚や水生昆虫、水生植物と藻類が違った。日本人はその河川の地形に合わせて、同じ河川でもそれぞれに名前をつけてきた。
水の流れが上下左右に混ぜられる過程で水が濾過され、酸素が送り込まれる。河川の凸凹は水生生物の多様性に貢献するばかりか、水質浄化にも貢献する。
また、一時的な貯水池や濾過装置として重要なのが沼地や湿地だ。これらは水を浄化するので「集水域の腎臓」と呼ばれる。また河川や湿地は一年から千年、あるいはそれ以上の周期で襲ってくる大洪水の破壊的な力を和らげてくれる。世界的には早くて効率的な排水を目的とする工学的なモデルから、水の流れを緩めたり濾過したりする水門学的なモデルへ根本的な変化が起きている。
もともと水田に惹かれる水路も凸凹だった。地形に応じてなんども曲線を描いた。田んぼから水を抜かれた後も用水路には水が残っていて窪みが魚だまりとなって魚が生き残っていた。コイやフナ、ナマズ、ドジョウ、山シジミ、すっぽん、ウナギなど食のレパートリーが豊富だった。彼らが出す排泄物は水に運ばれてイネはもちろん、周りの野草も育てた。アクアポニックスはそれを見えるかし小型化したものだ。
1960年代から始まった農業基本整備事業によってそういった自然の地形によって整備された田んぼや水路は開発され、U字菅と呼ばれるコンクリートブロックが導入されてしまい、田んぼの水管理が容易になった。U字管の役割はただ水を運ぶだけで、そこに生命を育む装置は必要ない。その水の流れは自然界でいうところの夏の洪水か冬の砂漠しか起きない。そのため魚だまりによって生きていたメダカや水路の土壌内に潜って生きるドジョウが数を減らしてしまった。
凸凹は定期的な洪水や水不足(とはいえ完全に干上がるわけではない不足)によって、それまで安定していた生態系に自然攪乱を起こす。すると、その環境に適した少ない種だけが繁栄していた状況を一変させ、多種多様な生物が棲み始める。
自然界にはすべての環境や時空間に優れたスーパーマンは存在しない。得意な分野があれば苦手な分野がある。凸凹が自然界の摂理であり厳重に守られている掟であり、そして種の特性だ。だからこそ、生物多様性が生まれる。
里山が生物多様性に溢れる環境であるのは、どこにもかしこにも凸凹があるからである。里山全体がビオトープであり、モザイク状の複雑なエッジによって、さまざまな生物が棲み分けて争いを回避する世界である。単一種だけが繁栄する荒地でもなければ極相林でもない里山は造山運動と火山活動が活発であるからこそ生まれた、凸凹でバラバラの世界で、最強の雑食動物であヒトにとって暮らしやすい環境でもある。しかし、大型機械にとっては動きにくい世界でもある。