間抜けなリス
<11月の生き物 間抜けなリス>
秋の朝は美しい。
シンと冷えた空気に、秋色に染まった鮮やかな葉を、朝露が輝かせる。
少しずつ、冬が近づいている。
そんな気配を感じながら、人も野生動物も冬の支度をする。
今からここに書き残す物語はフィクションのようだが、
実際に今日も、明日も、そしてこれからもこの美しい秋に
あなたの知らないところで起きている本当の話である。
リス「もう明るくなって来たぞ。よし、今日も1日頑張るぞ~。今のうちに頑張れば、冬を越せるぞ!」
リスは秋が深まるころ、太陽が出てから沈むまで休むことなく
燃えるほど美しい紅葉に目もくれず、山のあちこちを下ばかり見て動き回る。理由は簡単だ。
リスにとって冬の間は食べ物がなくなってしまうから、秋のうちにどんぐりを土の中に埋めておいて
冬にはそれを少しずつ掘り出して食べる。
だから、どれだけ秋のうちにたくさんのどんぐりを埋めることができるかは
無事に春を迎えることができるかどうかに関わってくる。
リス「このどんぐりはこの辺に埋めて~。あのどんぐりはあっちのほうにしよう。よし、これはもっと向こうの方に・・・」
リスは同じところにどんぐりを埋めたりしたい。ひとつひとつ丁寧に違うところに埋める。
なぜなら、ネズミや他のリスがそれを見つけて掘り出してしまうことがある。
そうなると、自分の食べる分が無くなってしまい、生き抜くことができなくなるからだ。
そして、もうひとつ大切な理由がある。
クマ「あいつは本当に真面目だなぁ。俺みたく寝ちゃえばいいのに。」
うさぎ「でも、リスって間抜けだからどこに埋めたか全部覚えていないんだって~」
シカ「リスがまたどんぐりをせっせと隠しているよ。全部食べるわけでもないのに大変だなぁ~。」
リス「私は間抜けで、特別な能力も持っていない。大きな身体もでもない。だから、ひとつひとつ丁寧に、せっせと埋めていくしかないんだ。無駄になるかもしれないけど、もう少し頑張ろう。」
リスは秋の間に埋めたどんぐりの場所をすべて覚えていない。いや覚えられない。
もちろん、人間みたいにメモを取ることもできない。
他の動物たちはリスの様子を横目に各々、冬越えの支度をする。
人々もせっせと薪を集め、木の実を拾い、保存食を作り、冬に備える。
冬になると、リスは秋の間に埋めたどんぐりをひとつひとつ掘り起こしていく。
その日に食べる分だけ、丁寧に探り当て、食べていく。
もちろん、全て覚えているわけではないし、他の動物に掘り出されてしまっていることもある。
それでも毎日確実に冬を過ごしていく。
リス「ふぅー。今日も無事に過ごせたな。秋の間に頑張ってよかった。明日も明後日も、できる限りどんぐりを見つけるぞ~。もっと早くたくさん埋められたらもっと楽なのに。」
リスは秋の間に植えたどんぐりのうち約6割をどこに埋めたのかが分からなくなる、という。
リスはその小さな身体で一つ一つどんぐりを運んで、埋めていくが落ちているどんぐり全てを埋めれるわけではない。
こうして、たくさんのどんぐりは土の上にも下にも散らばって、冬を迎える。
リス「もう少しで春が来る。もう少しだ。今日も頑張ろう。もうどこに埋めたのか全然覚えていないや」
シカ「もう少しで春だ。もう食べ物は全然ないなぁ。春になれば新芽がたくさん出てくるから、もう少しの我慢だ。」
うさぎ「もう小さな植物の葉が全然ない。早く春にならないかなぁ。」
冬の終わりは森に住む生き物にとって苦しい時期だ。
もうほとんど食べるものがない。誰もが春を待つ。人々も同じく待つ。
奇跡の春を。
シカ「春が来たーーー!新芽がどんどん出てくるよ~山の神様、本当にありがとう!!」
うさぎ「春が来たよーーーー!大地から奇跡の芽生えが!土の神様、本当にありがとう!」
クマ「ぐぬ。春の気配を感じる。そろそろ、外に出ようか。森の神様は今年も恵んでくれるから。」
春になると、いったい今までどこにいたのだ、というくらいに一斉に大地から命が芽生えてくる。
それは草木の命の芽生えであり、冬を越した野生動物たちにとってのご馳走である。
人々もまたその恵みを山菜としていただく。
リスがどこに埋めたかわからなくなってしまったどんぐりたち。
そのどんぐりのうち約8割が春になると芽吹く。
つまり、リスが秋に埋めたどんぐりの約半分が春になると芽生えることになる。
リスによって埋められなかったどんぐりも発芽するものもあるが、
その多くは冬の間に多くの野生動物たちによって食べられてしまう。
それもまた貴重な食料なのだ。
しかし、リスによって丁寧に土の中に埋められたものは無事に春に芽吹く。
リス「おぉーーーー神様ありがとう!!今年もまた、こんな間抜けな私にも奇跡を恵んでくれて。」
芽吹いたどんぐりの多くは春に野生動物によって食べられてしまう。
しかし、一度に一斉に芽吹いた命を野生動物たちは全てとったりしない。
彼らは自身の腹が満たされる分だけ食べて、他は残しておく。
山菜を採りにに来た人々は一緒について来た子供にこう伝える。
ヒト「次に来る人のために残しておきなさい」
こうして、生き残った命はすくすく伸びていく。
太陽光を浴び、雨水を蓄え、風になびき、ぐんぐん伸びていく。
やがて、その命は一本の大きな木になる。
木は秋になるとぷっくり大きなどんぐりを、たわわに実につけて大地に落とす。
リス「おぉーーーー神様!木の神様、土の神様、森の神様!!今年もたくさんのどんぐりを私に恵んでいただき、ありがとうございます。」
こうして、木は数十年にわたって大地に恵みを落としていく。
木はやがて大木となり、ときには倒れてしまうこともあるだろう。
すると人々はやって来て、切断し、里に持ち帰り、薪にする。
ヒト「おぉ、森の神様からの恵みだ。この薪のおかげで今年の冬も越せそうだ」
人々が片付けてくれた木の根元をリスたちは利用する。
リス「木の根元を家にしよう。ここなら雨風をしのげるぞ。」
食べられることもなく、倒れることもなく、誰かに切られることもなかった木は
数百年生きたのち、やがて人々によって神木として崇められることになる。
人々は代わる代わるやって来て、寄りかかって座り、思い思いに見上げる。
ヒト「いったい誰がこんな木をここに植えたのだろう。数百年前に何があったのだろうか。神様はすごいなぁ。大切にしないとなぁ。」
森に住む生き物たちも代わる代わるにやって来て、思い思いにつぶやく。
シカ「この神様の木のおかげで、これからも食べ物には困らなそうだ。すごいなぁ、神様は。」
うさぎ「神様って本当に偉大だなぁ。いつもいつも私たちを守ってくれる。」
クマ「美しい神様だなぁ。この木がなければ森は保たれない。もし無ければ、私たちはすぐに死んでしまうだろうに。」
リス「間抜けな私のために、いつもたくさん恵んでくれるなんて、本当にありがとう!神様!」
この森に住む生き物たちはまだ、誰も神様を見たことがないという。
この物語をここに書き残した私は最後にこうつぶやく。
「リスが間抜けで、本当に良かった」と。