哲学講義(於・某国公立芸術大学)
シラバスを整理していたら昔のメモが出てきた(笑)
1.和式と洋式(トイレの話)
西洋の文化が入って来て、和式(当たり前)は分裂した。これは競馬における(古式)競馬と近代(洋式)競馬の分裂と同じ意味だ。京都の「からふね珈琲」では和式文化を作為している。平安時代の男性と女性をモチーフにした貴族画が男性用トイレと、女性用トイレを隔てる目印。それを見て外国人観光客は「和(わ)」を体験する。トイレは洋式。「和」は「やまと」の意味だ。
2.鉛筆とシャープペンシル
鉛筆とシャープペンシル、どちらに「和」を感じるか?鉛筆の方である(大半)。では、鉛筆に近い「道具」に何があるか?筆がある。筆は東洋と西洋どちらの文化に近いか?王羲之についての話。「和」紙、障子。この技術は現在、ヨーロッパの大美術館で絵画の保存方法として使われている。再び鉛筆の話に戻ろう。「資源」の問題。我々は道具「木材」(自然)と近い距離で生活して来たが、今やシャープペンシルの方をよく利用している。ちなみに競馬場にはピツエンという鉛筆の芯だけついたマークシート用の道具が存在する。それを今から調べてみよう。
3.料理について
ある中国人が日本人は変な食べ方をすると言った。ラーメンと餃子とご飯(炒飯)、なぜ主食を3つ並べて食べるのか?衝撃的だった。また、炒飯は残り物というイメージだ(中国では高級なイメージはない)。それに定番料理で固まっている。ラーメン、餃子、炒飯、回鍋肉、エビチリ、焼売、青椒肉絲(チンジャオロース)、麻婆豆腐など。これは大変不思議な現象である。
そもそも中華料理ってなんだろう?フランス料理、イタリア料理、韓国料理、「洋」食、「和」食。朝バイキングは「洋」と「和」を意識して作られている空間だ。
マクドナルド、ミスタードーナツ、やよい軒、王将、スシロー、吉野家。現在、日本人はパンを食べる量が増えている。近代以前に庶民の間では、このような料理の多様性はなかった。
4.スタバで世界を一周する
最近、旅行者の間でスタバのコップ集めが流行っている。それは御朱印集めとは異なる。京都のスタバでも日本文化をモチーフにしたコップが売られている。では、多国籍企業は芸術・文化を普遍的なものに変えるのか。それとも、その活動により外国文化は特殊化されるのか。よく考えてみよう。普遍化は仮面を装い静かに忍び寄る。場合によっては文化を吸収、抹殺する(逆にその反発も生まれる。古層、特殊、ご当地と呼ばれたりもする)。多文化主義、ゲーリック・ゲームズ。湯のみでコーラを飲む。グラスで烏龍茶を飲む。私たちはコーヒーを飲むときどのような器を使っているのか。外来(輸入)文化は現地の習慣、慣例、規則と共にやってくる。
5.外国人観光客は日本人を外国人とみる。日本人は自分を外国人とみない。京都市は日本で最も大学の数が多い街である。また英会話が得意な学生バイトが多い。流暢な英語を話す留学生もいる。しかし、私たち日本人は外国人である。下手くそな英語で十分だ。観光客はそのことをよく分かっている。だからアイフォンの翻訳機能やジェスチャーを使うことを恥じない(想定している)。また、日本人は日本人の特殊性をあまり意識しない。京都は特殊地域であるがゆえに、中国人、韓国人観光客にとって人気スポットとなる。特に「国宝展」(京都国立博物館)は中国・朝鮮半島から盗んだ芸術文化・作品を我が物顔で「国宝」と崇める日本人(学芸員、コメディアン)の姿を見に行く場所なのだ。日本の寺社仏閣もそのような特徴を有していることを決して忘れてはならない。だが、同時に日本は外来文化を「国風」に変えるから魅力的な場所でもあるのだ。
(2022.6.30)