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sparrow tearsの読書

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2022年6月の記事一覧

【読書感想文】『フェンスとバリケード』の向こう側にあるもの

パンデミック前に劇場で見た韓国映画『パラサイト』の一場面を思い出す。   洪水の濁流はより低い場所に流れ込み、まっさきに生活が破壊される。一方、外でどんなに嵐が吹き荒れようと、高台にそびえる豊かな家の中はびくともせず、室内は静寂に包まれている。そこで過ごす者は、どこかで破壊された生活があることには想像が及ばない。   災害や戦争によって生活が破壊された場所は、目に見えない、あるいはあからさまなフェンスやバリケードで囲われ、生活の立て直しは個々の力に乱暴に委ねられる。二度と戻っ

【読書感想文】「結婚式の加害性」がトレンドワードになる『優しい暴力の時代』

映画やドラマの伏線探しや深読みは楽しい。   ストーリーの中の小道具の銘柄や花言葉、セリフから作者の意図をくみ取るのは謎解きゲームのようにワクワクする。   ところが、推理ゲームでは役立つ「深読み力」が、日常生活の人間関係においてかえって邪魔になることがある。   ――あのほめ言葉は皮肉なのかもしれない   ――その善意は「こんなこともできないの?」という見下しなのかもしれな い ――あの慰めは自分の言葉に酔っているだけかもしれない。 さらに、言葉のみのらず、個々の属性で

柚木麻子の『エルゴと不倫鮨』が「最高に美味な鮨体験」をアップデートしてきた

 柚木麻子の小説を読んでいると、どうしようもなくお腹が空く。   「あぁ、今からすぐに家を飛び出して、ちょっといい店でうまいもん食いてぇ!」 という気持ちを駆り立てられる。   新刊の『ついでにジェントルメン』(文藝春秋)に収録された『エルゴと不倫鮨』を読んで、素晴らしい鮨体験をしたので、ここに書き残しておく。   ■『その手をにぎりたい』から『エルゴと不倫鮨』へ これまで彼女の“鮨小説“の代表作と言えば『その手をにぎりたい』(小学館)だったと思う。一等地の高級鮨屋と職

西原理恵子の過去の育児系「金言集」を読んでいたら、悲しくなった

一昔前の育児情報誌を読むと、「今はこの情報、絶対NGだろうな」という内容がある。   「十年一昔」なんて言葉もあるが、最近では3年スパンくらいでどんどん変わっているような気がする。   インターネット空間の育児情報の「アウト!」「セーフ」のボーダーラインの変化は特にめまぐるしい。 ■過去10年の育児情報「アウト」「セーフ」の変遷 2010年頃には、特定の食品や菌が科学的根拠もなく、もてはやされるような状況が放置されていた。   2015年ころからはバイラルメディアが激増す

【読書感想文】『さよなら、野口健』は、現代の『山月記』だった

 雑誌の書籍紹介で『さよなら、野口健』というタイトルを目にしたとき、正直、暴露本の類かと思った。   ルポルタージュである本著は、野口健事務所に長年出入りした元マネージャーが、縁切り神社で「野口健との縁が切れますように」と祈ろうとする場面から始まる。   1ページ目を読んだときには、アルピニストとして名をはせながらも、近年はネット上で炎上しがちな野口氏のヤバめな素顔がつづられていくんだろう、と予想した。   同じく登山家が主題の『デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場』(20

話題の著・有吉佐和子の『非色』読んでから『SEX AND THE CITY』の続編見ると、脳がバグる

 『SEX AND THE CITY』の続編である『AND JUST LIKE THAT』を視聴している。   かつて恋愛やセックスを各々のスタイルで楽しんでいた主要メンバーが年をとり、社会の変化にオロオロしている描写が印象的。黒人の友人が少ないために体面を気にかけたり、白人エリートの立場からのド正論を吐いて人を不快にさせたりといった場面が目立つ。   政治的に正しいほうに、フェアなほうに、性別や肌の色による差別のないほうに、世界は傾いている。人種間で感染症によって受けたダメ