動物病院のGoogle口コミ投稿について削除の仮処分が認められなかった事例(却下)
ポイント
今回は、「Googleの口コミ」上の投稿について、コンテンツプロバイダであるGoogleに対し、仮処分手続によって削除を求めたものの、認められなかった事案(大阪地裁令和3年11月1日決定令和3年(ヨ)第40号)をご紹介します。氏名不詳者が、動物病院や勤務する関係者についてネガティブな内容の投稿を行っていたため、動物病院の運営会社であるXら(債権者)が人格権を侵害されている旨を主張し、削除の仮処分命令の申立て(民事保全法)を行った事案です。
大阪地裁は、問題となった口コミ投稿が、債権者の受忍限度を超えてその社会的評価を低下させるものとまでは認められず、専ら公益を図る目的で投稿されたと認められ、違法性阻却を伺わせるような事情がないことの疎明としては足りないとして、債権者らの申立てを却下しました(本決定)。
本記事のポイントは、以下の3点です。
1.事実関係
仮処分命令の申立人(債権者)は、有限会社Xであり、A動物病院を運営し、B獣医師が勤務していました。
Google LLC(債務者)が管理運営するGoogleマップには、場所等について意見や感想を書き込むことができる口コミが付されており、A動物病院についても、インターネットを通じて誰でもこれを閲覧し、又は口コミを書き込める状況でした。
そんな中、氏名不詳者(本件投稿者)によって、A動物病院に関する否定的な情報ないし評価を含んだ記事(本件記事)が投稿されました。
2.具体的な投稿内容
本件記事の内容は、以下のようなものでした。
3.仮処分手続による削除請求
(1)仮処分手続か訴訟手続か
有限会社Xらは、人格権を侵害されている旨を主張し、削除の仮処分命令の申立てを行いました。
訴訟手続では通常、判決まで半年から1年以上かかるのに対して、民事保全法の仮処分手続は、約1か月から3か月程度で裁判所の判断がなされるため、訴訟手続よりも迅速かつ簡便です。そのため、削除請求の裁判では、実務上、仮処分手続がよく利用されます。逆に、訴訟手続は、損害賠償請求と併合して行う場合や仮処分の要件である保全の必要性を欠いていると考えられる例外的な場合に選択されます。
(2)仮処分の要件
仮処分の命令が行われるためには、①保全すべき権利又は権利関係(被保全権利の存在:民事保全法13条1項)と②「著しい損害又は急迫の危険を避けるため」という「保全の必要性」を満たすことが必要となります。
削除請求では、①被保全権利の存在として、権利侵害の存在や違法性阻却事由の不存在が争点となります。また、②保全の必要性として、事後的な損害賠償や謝罪広告による救済が不可能か等が争点となります。保全の必要性は、インターネット上の名誉棄損やプライバシー侵害事例では、比較的広く肯定される傾向にあります。
そして、債権者は、上記を疎明することが必要です(民事保全法13条2項)。疎明とは、裁判所に対し、事実が一応確からしい程度(≠確信)明らかにすることをいいます。証拠の優越(ある事実が存在しないというよりは存在する蓋然性が高い)よりも低い基準で足りることとなります。
4.論点と判示
本決定では、特に①被保全債権の存在が争われ、民事上の名誉毀損の成立要件である(ⅰ)公然と、(ⅱ)事実の摘示をして、(ⅲ)対象者の社会的評価を低下させ、(ⅳ)違法性阻却事由(真実の公共性、目的の公共性、真実性又は真実相当性)がないことのうち、(ⅲ)と(ⅳ)が主に争われました。
(※発信者情報開示請求における名誉棄損の事例も参照)
(1)社会的評価の低下の有無
大阪地裁は、対象者の社会的評価の低下の有無について、判例通り「一般の読者の普通の注意と読み方を基準として」判断しました。
まず、投稿部分1、2について「患畜の治療に誠実に当たるべき獣医師が患畜に対して暴力行為に及ぼうとしたものであって、B獣医師ひいてはB獣医師が勤務するA動物病院を経営する債権者の社会的評価を低下させ得る記載である」としました。
しかしながら、大阪地裁は、以下の2つの論拠により、受忍限度を超えた社会的評価の低下はないとしました。
① 口コミの性質と一般的な口コミサイトの閲覧者
大阪地裁は、口コミサイトについて、専門的知見を有しているわけではない一般人が個人の感想や意見を自由に記載したものであり、虚偽や客観性に書く記載が含まれる可能性があり、一般的な口コミサイトの閲覧者はこの様な口コミの性質を認識した上で、「当該対象施設に関する一般的な評価の傾向を知り、当該対象施設を利用する際の参考にしようとする」とし、「当該口コミの内容に具体性や合理性を示す記載が乏しい場合には、一般的な閲覧者は当該口コミを一個人の主観的評価として受け止めるに過ぎないというべきであるから、当該口コミによって対象施設の社会的評価が低下するとはいえない。」としました。
そして、本事案について、投稿部分1は、どのような状況下でのどのような行為なのかについて具体性を欠き、また、投稿部分2についても、当時の混雑具合や本件投稿者の診療の内容等が明らかではない等と認定しました。
② 専門職を根拠とする受忍義務の正当化
また、大阪地裁は、A動物病院のように「高度に専門的かつ独占的な知見に基づいて事業を行っている機関は、自らが一般公衆を対象にその様な事業を行っている以上、利用者の知る権利に資すためにも、否定的な情報ないし評価を含む口コミであっても、その内容及び態様が社会的に相当な範囲内にとどまる限り、一定程度の社会的評価の低下については受忍すべきといわざるを得ない」としました。
そして、「債権者が獣医療という高度に専門的で独占的な知見に基づく事業を行っており、本件記事の内容が誹謗中傷にわたるようなものとまではいえないことを併せて勘案すれば、本件記事は、債権者の受忍限度を超えてその社会的評価を低下させるものとまでは認められない。」と判断しました。
(2)違法性阻却事由の存否
当該記事が社会的評価を低下させるものであるとしても、「①それが公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、②摘示された事実の重要な部分が真実であるときには、当該記事の投稿行為は違法性が阻却され」ます。大阪地裁は、以下のように違法性阻却事由の不存在を認めませんでした。
①事実の公共性、目的の公益性
まず、獣医療が高度に専門的かつ独占的な知見に基づくものであることから、実際の受診時の体験談等の情報は、社会的に有用な情報であると事実の公共性を認めた上で、投稿の目的の公益性も認定しました。
②真実性
次に、投稿部分1は、客観的な裏付資料がないこと、また、投稿部分2は、待ち時間が長い旨の同様の投稿が複数あることから、「真実であることをうかがわせる事情がないことの疎明がなされていない」と判断されました。
5.さいごに~法改正の動き
口コミサイトは、消費者の情報収集の手段として重要な手段となっています。そのため、明らかな虚偽や、誹謗中傷、「なりすまし」が認定されない限り、削除請求は認められにくいともされてきました。
(内田貴「インターネット上の口コミの削除請求-その法律構成について」ジュリスト1586号74頁以下(2023))
(「なりすまし」により削除請求が認められた事例として以下の記事も参照)
現在、発信者情報開示に関する法律の改正案が国会に提出されています。改正案が決議されれば、法律の名称も現行の「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」から「特定電気通信による情報の流通によって発生する権利侵害等への対処に関する法律」に変更されます。
改正案では、被害者からの要望が多い投稿の削除について、大規模プラットフォーム事業者に対して、以下のように、削除対応の迅速化や運用状況の透明化を義務付ける制度整備の提案がなされています(2023年3月1日提出の法律案)。
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