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落語文字起こし 「狂歌家主」 三代目三遊亭金馬

以前、三代目三遊亭金馬さんの「勉強」という落語の文字起こしを投稿した。

今回は同じく三代目三遊亭金馬さんの「狂歌家主」という落語の文字起こしをお届けする。これも私がかなり気に入っている噺であり、是非多くの人に楽しんでもらいたいと思うからだ。

実は友人に聞いてもらったことがあるのだが、「何を言っているかわからないから楽しめない」といわれてしまったのだ。そこで文字起こしをセットにすることで、面白さを知ってほしいという思いを持った。

さて、狂歌というのは短歌の一種で、少し下らない洒落だったり言葉遊びが入ったようなもののことだ。

昔は借金をすると、大晦日までにはどうしても払う必要があった。店賃(たなちん、今で言う家賃のこと)を払っていない主人公が、狂歌が大好きな大家さんに取り入って、なんとか店賃の支払いを待ってもらおうとするのが、今回の「狂歌家主」という噺である。

噺の要約と、用語の詳しい解説は以下のサイトが非常に参考になる。

また、作中に登場する狂歌については以下のnoteの投稿が参考になる。

また、今回文字起こしの対象とした動画は以下のものである。

以降に、文字起こしを示す。初めは枕である。落語は冒頭で枕と呼ばれる世間話や小噺をしてから本編に入るという流れである。

ここからが枕である。


ようこそお運びでございます。
「元日や 今年もあるぞ 大晦日」 って句があります。
なんだか噺家が意見されてるような句でございますな。
なるほど順に行くてえと、今年も大晦日があるわけでございますが。

この頃では全てが現金払いでございますからな。
借金取りなんてったって、ガッチリ来ませんや。

今、一月払いのものが新聞にガス、電気でしょ。
それからあの長いのが、水道の料金で二か月払い。
ラジオとテレビが三か月。
これはずるいから前金に持ってっちゃいますからな。

昔は1年に2度しか勘定しなかった。
半年払い。
鷹揚なもんですな。
のんびりしていたもんで。

盆の勘定は、なんですよ、内金てんでいくらかお足を入れると暮れまで待ってくれます。
しかし12月の大晦日となるてえと、これはもう融通が利きませんでな。
どうにもこうにも、もう待ってもらえなくなります。

「来年は 来年はとて 年の暮れ」
上手いことを言ったもんで。
「おっかあ、来年はどうにかするぜ!」なんてなことを言って。
来年になってどうかなるかと思うと、どうにもならないんですからな。

「今年の暮れはいくらいくら無くちゃ、どうしても越せねえ」なんてなことを言ってます。
じゃ、大晦日越さないかと思うと、いつか越してってしまいます。
「味噌こしの 底に溜まりし 大晦日 越すに越されず 越されずに越す」(漉すと、越すをかけている)
上手いことを言ったもんですな。

1年でも陰陽てえもんがありますもんで。
「春浮気 夏が陽気で 秋塞ぎ 冬は陰気で 暮れにまごつき」
「暮れのまごつきなんてえのはお客様の方じゃ覚えはございません」と昔の噺家はお世辞を申しました。

お客様だって我々だって、普段の心がけが悪けりゃ誰だってまごつきます。
そこへいくてえと噺家は、暮れになって新規に改めてまごついてみようなんて、了見のいいのは一人もありませんや。
一年中まごついてますからな。
暮れにいくらでもお金が入るてえと、この振り向け方にまごついてます。

「酒屋へ勘定したら、魚屋から苦情が来やしないか」なんてんで。
無きゃ無いでサバサバしていい心持ちでございます。


ここからが本題である。

妻:「ねえちょいとお前さん。」
夫:「なんだい。」
妻:「今日はいつだと思ってんだよ。大晦日だよ。」
夫:「知ってるよう。うちばっかり大晦日じゃないよ。世間一帯大晦日だよ。嘘だと思ったら近所へ行って聞いてみろ。」
妻:「何を言ってんだよ。この大晦日をどうするつもりだよ。」
夫:「大晦日どうするって、大晦日片すわけにいきやしねえや。心配すんない、順に行きゃ明日は元日になるよ。」
妻:「落ち着いてちゃあ困るね。」
夫:「焦ったってしょうがねえもん。」
妻:「方々の家じゃあ餅をついてるんだよ。」
夫:「ああ、うちは餅がつけねえんだよ。だから、もちがつかってんだ。※」

妻:「変な洒落だねえ。どうにかならないかねえ。」
夫:「だってお前、さっき餅買ってこいって銭やったじゃねえか。」
妻:「何を言ってんだよ、三切れの餅買いに行くんだよ、大晦日に。決まりが悪いったらありゃしないよ。私はね嘘をついて、(妻のセリフ):「おまじないにするんですから三切れください。」。もう冷や汗が出て、顔から火が出たよ。」
夫:「物騒な顔だなあ。この頃方々に火事があんのはお前の顔が火元じゃねえか?」
妻:「つまらないこと言ってちゃ困るよ。借金取りが大勢来るんだよ。」
夫:「借金取りは首まで持ってこうとは言いやしねえから安心しろよ。」
妻:「だって借金取り、手ぶらじゃ来ませんよ。」
夫:「なんだい、手ぶらじゃこねえって。菓子の折りでも持ってくんのか?」
妻:「ご機嫌伺いに来るんじゃないよ。借金取りに来んだから書付持ってくるよ。」
夫:「受け取っときなよ。」
妻:「受け取ってありますよ。御覧なさい、この書付。」
夫:「おっそろしい随分溜まったなあ。屑屋に売ったら焼き芋ぐらい食えるだろ。」
妻:「のんきなこと言ってちゃ困るね。長屋36軒あったってうちだけだよ、こんなに書付が来るのは。」
夫:「気の毒だと思ったら、長屋へ配ってやんねえ。」
妻:「何だって?」
夫:「つまらねえものが到来いたしました。おすそ分けいたします。ごめいめいにお払いください。」
妻:「冗談言っちゃいけないよ。人の借金払う奴があるもんか。お前さん何を言っても平気だね。」
夫:「俺が平家(平気)でお前が源氏か?源平の戦しようかなあ。」
妻:「少し心配しておくれよ。」
夫:「嫌だよ。心配なんかいくらしたって突き当たりがねえんだからな。」
妻:「困ったねえ、どうも。どうするつもりなんだよ。」
夫:「仕方がねえから去年のあの大晦日の真似しようじゃねえか。」
妻:「なんだまた死んだ真似かい?やだよあんなの。源さんとこから早桶借りてきて、死んだ真似するからってんで布団敷いて中へ入っちゃって。泣け泣けってんだ、私に。死んだんじゃないのに泣けやしないじゃないか。お茶碗からお茶をこうやって目の傍へくっつけてさ。大家さんが来てあの、(大家さんのセリフ:)「涙からお茶殻が出たよ」って言われたよ、私は。(妻のセリフ:)「こういう風になっちゃうんだからあの、店賃待って下さい」ったら、(大家さんのセリフ:)「店賃は棒引き※にしといてやる。これは少しだけども香典だよって。」。死なない者の香典もらうわけにいかないじゃないか。(妻のセリフ:)「いえ、いりません。」。(大家さんのセリフ:)「そんなこと言わないで取っとけ。」。(妻のセリフ:)「いえ、いりません。」。(大家さんのセリフ:)「取っとけ。」。って押し問答してたら、お前さん早桶の中からなんてったい?(夫のセリフ:)「せっかくだから頂いといたら?」。大家さんきゃ~って腰抜かしちゃった。あれから神経痛になってまだ治らないんだよ。」

夫:「面白いなあ。どうだ、あれやろうじゃねえか。」
妻:「駄目だよ、そんなん。困ったねえ、どうするんだね。さっきね、あの大家さんのね、おかみさんが来てくれたの。」
夫:「何だって。」
妻:「お砂糖持ってきてくれたんだよ。お歳暮じゃないんだよ。(大家さんのセリフ:)「どこの家にもあるもんだけども、うちでももらったもんだ。いくら余計あったって腐るもんじゃないから持ってきたんだ。」。すまないじゃないかね。(妻のセリフ:)「そうですかすみません。うちが帰ってきたら後程伺いますから。」ってそう言っちゃたんだよ。ね、他の借金取り私一人で引き受けるから、大家さんだけお前さん行ってきてください。」
夫:「駄目だよ。向こうから来たらこっちで言い訳するよ。」
妻:「そうじゃあないんだよ。向こう行って懐へ飛び込むんだよ。その方が 言い訳がし易いんだよ。窮鳥懐に入れば狩人これを撃たず※って諺があるじゃないか。」

夫:「お前難しいこと知ってんだな。「ちゅうちゅうたこかいな」ってのがあるのかい?お前の方でそういう諺がありゃ、俺の方だってまた諺があるんだよ。」
妻:「何だって?」
夫:「油を持って火事見舞いに行くな。」
妻:「つまらないこと言うんじゃないよ。狂歌家主ってぐらい狂歌が好きじゃない。ねえ、好きな狂歌やってごまかしちゃうんだよ。」
夫:「狂歌って何だい。」
妻:「ほら死んだおとっつぁんがやってたろ。」
夫:「ああ、ああ」
妻:「ほら床屋の親方がうまいじゃないか。」
夫:「はは、都都逸の節の無えのか?」
妻:「変なこと言うんじゃないよ。」
夫:「何て言ってくんだい。」
妻:「「あの、つい持って上がらなきゃならないんでございますが、つまらないもんに凝りましたばっかりに、あっちの会やこっちの会と首を突っ込みまして、方々へ不義理な借金ができました。いずれ一夜が明けまして、松でも取れましたら※目鼻の明くようにします※から、それまでどうぞお待ちください。」って好きな狂歌やってごまかしちゃうんだよ。」

夫:「偉い!大したもんだなあ、貧乏人のガキは借金の言い訳空で知ってやがる。」
妻:「つまらないこと褒めてんじゃないよ。」
夫:「何が好きだっけな。」
妻:「狂歌だよ。」
夫:「忘れたらどうしよう。」
妻:「忘れちゃいけないよ。もし思い出せなかったら千住の先思い出してごらん。」
夫:「何だい。」
妻:「草加だよ。」
夫:「草加に狂歌か。これは面白いな。あ、そうか。」
妻:「変な洒落だねえ。」
夫:「それ忘れたら?」
妻:「金毘羅様のご縁日。」
夫:「なんだい。」
妻:「十日だよ。」
夫:「十日に狂歌か。こりゃ面白いなこりゃ。お前利口だな。それ忘れたら?」
妻:「まあ忘れんの覚悟じゃいけないね。長屋の路地の突き当たり、掃きだめの隣。」
夫:「何だい。」
妻:「後架だよ。」
夫:「後架に狂歌か。似てるね、こりゃ面白いや。それ忘れたら?」
妻:「いい加減におしなさいよ。上手くやってきてくださいよ。」
夫:「あいよ~。」
妻:「他の言い訳はあのね、借金取りは私みんな引き受けるから。」
夫:「行ってくるよ。あのな泥棒が入るといけねえから金庫蓋しときな。」
妻:「何を言うんだよ。お鍋じゃないよ、金庫蓋する奴があるかい。」

(大家さんの家に夫が向かう、以下夫の独り言)

夫:「はっはっはっは。だけどありがてえなあ。かかあってえのは使い込んだかかあ、いいやな。貧乏を苦にしねえからな。「かかあと畳は新しいのに限る※」ってえけど、ああ使い込んだやつはいいよ。他の借金一人で引き受けるってやんで。」

夫:「あー寒い。大家の家はすっかり松飾りができちゃった。削ぎ竹だい。銭がかかってるぜ。表から入りにくいから裏口から入ろうかな。おやおや小障子貼っちまいやがった。覗くことも何にもできやしねえ。ここいらへ穴開けてやろうかなあ。え、いるかしら。あ、いるいる!欅の如鱗杢※の吹き込んだ火鉢の前に。ええ?やかん頭ふりたってやがる。鉄瓶が松風の音を立ててやがんだなあ。汚えじじいを置いとくのは惜しいなあ。27、8の年増を置いときてえなあ。」

(ここから大家さんと夫の会話)

大家:「誰だ!」
夫 :「おっ、ピカーと光りやがった。当ててごらん。」
大家:「当ててごらんてやつがあるか。八公だな?」
夫 :「へへ、当たった!」
大家:「子供がかくれんぼしてんじゃねえ。開けて入れ。」
夫 :「へへ。こんばんは。」
大家:「道楽したものは折り目切り目が正しいてえが本当だ。大晦日だ。店賃でも持ってきたか。」
夫 :「どういたしまして。」
大家:「何だい、どういたしましてって。大晦日にわざわざ来りゃあ店賃持ってきたと思うじゃねえか。」
夫 :「そこが素人の浅ましさ。」
大家:「な、なんだってんだよ。」
夫 :「いえあの上がってね、あの口上申します。」
大家:「何だ?」
夫 :「へへ、えー、つい持って上がらなきゃあならねえんでございますが、ってのが始まりなんです。」
大家:「何だい始まりてえのは。当たり前だ、雨露しのぐ店賃だ。食うもの食わなくたって納めるもんだ。」
夫 :「すいませんが黙っててください。あとが続きがあんだから。途中で止まるとあとが出てこねえんだから。つい持って上がらなきゃあならねえんでございますが、つまらないもんに凝りましたばっかりにだ、あっちの会やこっちの会首を突っ込んじゃう。ちょいと突っ込んどきゃ良かった、深く突っ込んじゃった。抜けなくなっちゃったもん。いずれ一夜が明けまして、目鼻が取れましたら松の開くようにしますから、それまで待ってください。」
大家:「なーにを言ってる。どこで誰に何を教わってきたか知らねえが、一夜が明けて目鼻が取れる?ノッペラボーになっちゃうじゃねえか。お前の言うのは松が取れたら目鼻の開くようにするてえんだろ。」
夫 :「それほど知ってやがった横着者!」
大家:「な、何だ?」
夫 :「そいから何てんです。」
大家:「お前が言うんだよ。」
夫 :「んー、そういうわけだからすいません、待ってください。」
大家:「いけねえ。言い訳のしようもあろうに、つまらないもんに凝りましたってのはいけねえや。お前の凝ったもんだ、ろくなもんじゃなかろう。」
夫 :「いやー、それがろくなもんです。」
大家:「何だい、ろくなもんてえのは。」
夫 :「大家さんの好きなもんに凝っちゃった。」
大家:「何だ。」
夫 :「大家さん何が好きでしたっけねえ。」
大家:「俺か?俺はてんぷら好きだ。」
夫 :「あー、てん… てんぷらじゃねえなあ。あのー千住の先は何てえましたっけねえ。」
大家:「行くのか?」
夫 :「えー行くんじゃないんです。」
大家:「千住の先は、ほうき塚、竹ノ塚か西新井だ。」
夫 :「えー、西あ… あそこいら行って聞いたらわかるかなあ。」
大家:「何か道を聞いているようだなあ。」
夫 :「金毘羅様の縁日は幾日でしたっけねえ。」
大家:「そんなこと聞いてやしないよ。お前の凝ったものを聞いてんだ。」
夫 :「それが手掛かりになんです。」
大家:「泥棒を捕まえるようじゃねえか。金毘羅様の縁日は十日だよ。」
夫 :「あーそうだ。十日! あれ…。十日は金毘羅様ですねえ。」
大家:「そうだ。」
夫 :「八日が薬師様でしょ。」
大家:「そうだよ。」
夫 :「五日が水天宮様。」
大家:「うん。」
夫 :「お一日が不動様。」
大家:「縁日を聞いてるんじゃないよ。」
夫 :「あの路地のね、あの長屋の突き当たり、掃きだめの隣は何て言いましたっけねえ。」
大家:「掃きだめの隣は手水場だよ。」
夫 :「あそうだ、ちょ…。あれ?大家さん、隠しちゃいけないよ。」
大家:「隠しゃしないよ」
夫 :「何か他に言いようがありそうなもんですねえ。」
大家:「あのぐれえ名前の多いのはないよ。はばかりだのお下だのお手洗いだのな、えー手水場だの。新しい言葉でトイレットだのWCなんて言うなあ。」
夫 :「えー、ダ…。あ、もう少しだなあ。なんか古い汚え言葉ありませんか?」
大家:「下世話で後架と言わあ。」
夫 :「ちげえねえ!後架に凝ったんです。」
大家:「汚えもんに凝りやがったなあ。」
夫 :「大家さん好きでしょ。」
大家:「私のは狂歌だ。」
夫 :「あっはは、店子は今日か明日かだ。」
大家:「なーにを言う。嘘をつけ。」
夫 :「本当をつくんです。」
大家:「本当をつくやつがあるか。長屋三十六軒あっても狂歌に凝ったてえのは偉い。お前だけだ。」
夫 :「店賃待つか。」
大家:「バカ言え、この野郎。うっかり褒められねえ。凝ったってんなら良いのを吐いたことがあるだろう。」
夫 :「へっ?」
大家:「近頃。俺のも聞かせるからお前の吐いたのを聞かしてくんな。」
夫 :「へえ。」
大家:「この頃吐いたか?」
夫 :「吐きました。」
大家:「いつ?」
夫 :「五、六日前に。」
大家:「どこで?」
夫 :「上野の駅で。」
大家:「人混みでよく吐けたな。」
夫 :「ええ苦しかったけど内緒で吐いちゃった。」
大家:「苦しんで吐くのが良いのが吐けるんだ。」
夫 :「あんまり良くねえんですよ、それが。」
大家:「ああー、でどういう風に吐いた。題は何だ。」
夫 :「へ?」
大家:「題は何で吐いた?」
夫 :「題ですか?あの、カストリ※です。」

大家:「ああー、じゃあ詠み出しは「カストリや」ってのか?」
夫 :「えーいえいえ、焼き鳥屋ってんです。」
大家:「どうも話が変だなあ。どういう具合に吐いた?」
夫 :「後ろを向いてねえ、そろそろっと。」
大家:「汚えなあ。歌を詠んだことがあるかってんだ。」
夫 :「あります。大家さんの聞かせてください。」
大家:「お前からやんな」
夫 :「あっしはあとから誤魔化すから。」
大家:「誤魔化しちゃあいけねえやな。」
夫 :「大家さんのこと狂歌家主なんてな(言うのは)どういうわけです?」
大家:「いや、婚礼の晩だよ。床の間へ飾っといた島台※の足が一本取れた。仲人から親戚方が顔色を変えちゃった。残ってる三本の足をみんな取って狂歌書いて貼っといた。」

夫 :「何てんです。」
大家:「「あしという 事を残らず取り捨てて よき事ばかり 残る島台(足と悪しをかけている)」、あの人は上手い、狂歌家主なんて言われるようになったんだ。」
夫 :「面白いねー。まだありますか?」
大家:「お前のを聞こうよ。」
夫 :「「今までと違いますぞえ もうこれからは 夜更けてお酒は お身の毒」ってんです。あとへ「おーい」と入んですがねえ。」
大家:「何だ。」
夫 :「都都逸」
大家:「都都逸やるやつがあるか。私のは狂歌だ。」
夫 :「あっはは、大家さんのは狂歌節か?」
大家:「狂歌節てえのがあるかよ。」
夫 :「聞かしてくださいな。何かありますかねえ。」
大家:「この間な、「道楽息子だ、太陽族※だの、愚連隊※入ってるから勘当だ」ってったからな、渋柿に例えて詫びをしたら叶った。」

夫 :「何てんです。」
大家:「悪いとて ただ一筋に思うなよ 渋柿を見よ 甘干しとなる」
夫 :「上手いねえ。まだありますか?」
大家:「お前のを聞こう。」
夫 :「この間寒い晩がありましたねえ。」
大家:「うん。」
夫 :「あん時やりました。」
大家:「何てんだ。」
夫 :「寒いとて」
大家:「寒いとて?」
夫 :「ただ一筋に思うなよ 行火※をいれりゃ 温かになる」

大家:「当たり前じゃねえか、そりゃ。この間嫁の里から玄米もらって搗米屋へやったがなかなかつけてこねえ。狂歌で催促したらすぐにつけてきた。」
夫 :「何てんです。」
大家:「二度三度(二斗三斗)人をやるのになぜ来ぬか(小糠) 嘘を付きや(搗屋)で 腹を立ちうす(臼)」
夫 :「上手いねえ。まだありますか?」
大家:「お前のを聞こうよ。」
夫 :「この間嫁の里からねえ、」
大家:「な、何だ?」
夫 :「いやあ、かかあの里から玄米もらいましてね、搗米屋へやったんだけどつけてこねえから狂歌で催促しました。」
大家:「何てんだい。」
夫 :「二度三度ってんです。」
大家:「うん。」
夫 :「人をやるのになぜ来ぬか 嘘を付きやで 腹を立ちうす。ってんです。」
大家:「今俺がやったんじゃねえか。」
夫 :「だからさあ、誰の心も変わらねえと思って。」
大家:「なーにを。誤魔化しちゃいけねえやな。」
夫 :「この間あっしは酒屋へ酒借りにいったんです。」
大家:「買いに行ったんだろ。」
夫 :「いや銭は無えから貸してくれって言ったらね、酒屋の番頭マス尽くしで断りました。」
大家:「何だって。」
夫 :「「貸しますと 返しませんに困ります 現金ならば 安く売ります」ってやん。」
大家:「上手いなあ。どうした。」
夫 :「あっしは返歌しました。」
大家:「偉い。何てんだ。」
夫 :「借りますと」
大家:「お前もマス尽くしだ。借りますと。」
夫 :「貰ったように 思います 現金ならば よそで買います」
大家:「なーにを。そんな薄情なやつがあるかよ、おい。えー、何か聞かしてくんな。」
夫 :「どうですねえ、「貧乏の棒も 次第に長くなり 振り回される 歳の暮れかな」」
大家:「面白いな。ええ、「振り回される歳の暮れかな」は面白いよ。まだあるか?」
夫 :「「貧乏をすれば 口惜しき裾綿の 下から出ても 人に踏まれる」ってのはどうです。」
大家:「それはいけねえ。風流の道に愚痴があっちゃいけないよ。え?すれば口惜しきとか、下から出て人に踏まれるなんてのは貧乏を苦にしないとこに良いところがあるんだ。「貧乏をすれど この家に風情あり 質の流れに 借金の山」だ。」
夫 :「へへ、「貧乏をしても 下谷の長者町 上野の鐘の 唸るのを聞く」てのはどうです。」
大家:「面白いなあ。貧乏を苦にしないな。」
夫 :「ええ、貧乏なんか苦にしねえや。だから店賃持ってこねえんです。」
大家:「なーにを言うんだよ。暮れでまだ押し詰まっても、いやあの付け合い※やろうか。」

夫 :「ええ、どうも御馳走様です。」
大家:「なに?」
夫 :「あっしはね、海苔巻いたの好きなんです。」
大家:「何が。」
夫 :「つけ焼きを食わせようって。」
大家:「なーにを言う。」
夫 :「付け合いてえのは、あたしが上の句をやればお前が下をつける。お前が上を詠めばあたしが下をつける。」
夫 :「あはは、紐(しも)をつけて引っ張る。」
大家:「なーにを言う。」
夫 :「半分づつやんすか?」
大家:「そうだ。何か題がいるな。」
夫 :「踏み台持ってきましょうか。」
大家:「歌の題だよ。あっ、ここに暦がある。これはね、今年んで今日でおしまいだ、いらねえんだ。どうだ、「右の手に 巻き納めたる 古暦」というのはどうだ。」
夫 :「へへ、「おやおやそうかい かぼちゃのごま汁」」
大家:「なーにを言う。出鱈目言っちゃあいけないよ。「右の手に 巻き収めたる 古暦」だ。古暦だから「年の関所の 手形にぞせむ」ぐらいのことを言わないと。」
夫 :「いや、そうやります。」
大家:「そうやったって駄目だよ。一夜明けて初春だ。」
夫 :「明けとくんね、苦しくてしゃあないんだから。」
大家:「初春や 髪の飾りに 袴着て」
夫 :「へへ、「むべ山風を 嵐といふらむ」」
大家:「そりゃ百人一首じゃないか。そんな古いのはいけないよ、新しいのはねえか? 「初春や 髪の飾りに 袴着て」」
夫 :「餅の使いは かかあをやるなり」
大家:「そいじゃ、上にも下にも付かねえなあ。」
夫 :「ええ、つかない(餅をつかない)から三切れ買ってきたんでございます。」


なかなか昔の文化にも詳しくなれる面白い落語だったのではないだろうか。江戸っ子弁で少し聞くのに苦労するかもしれないが、この文字起こしを参考に「狂歌家主」を楽しんでもらえたら本当にうれしい。


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